入学式

 それから、ロイはエレノアと会うことなく過ごした。

 そして、あっという間に聖剣レジェンディア学園の入学式。

 真新しい制服に身を包み、鏡の前で自分の姿を映すと……出てきたのは、ため息だった。


「はあぁ……」

『なんだ貴様。辛気臭いな』


 壁に立てかけてある木刀こと、デスゲイズが言う。

 ロイは、この数日一緒に過ごした『喋る木刀』をジロッと見る。


「憂鬱になるさ。これから通うのはエリートだらけの聖剣士見習いたちが通う学園。そんな学園に、お前みたいなオンボロ木刀を腰に差して通うんだぞ? 絶対に馬鹿にされる」

『何度も言ったろう。我輩は、聖剣に比べて桁違いの力を持つ魔王だと』

「信用できるかよ。属性はない、能力もない、ただの喋る木刀のどこが魔王なんだ。それに、世界を脅かしているのは四人の魔王だぞ。五人目なんて聞いたことがない」

『全く、強情なやつめ』


 とりあえず、木刀を制服に付属していた鞘に納めた。

 制服は防刃仕様。動きやすさを重視したブレザータイプで、ホルダーが付いており帯刀できる。聖剣レジェンディア学園に通う生徒は、帯刀を義務付けられているのだ。

 

『というか貴様。この数日、我輩に触れていないな? 弓の腕前を錆びつかせるなよ』

「弓は趣味で、生きるための技術だっての……聖剣レジェンディア学園で使えるわけないだろうが」


 ロイは、愛用の弓をデスゲイズに取り込まれてしまい、武器がなくなった。

 デスゲイズは、木刀形態から弓形態へ変化できる。だが、あまりにも得体が知れず、ロイは触れていない。ロイは、何度でも言う。


「俺は、聖剣士になるために学園に通うんだ。お前が何なのかは知らないし、興味もない。いいか、俺の邪魔はするなよ」

『無駄なことを』

「……は?」

『何度でも言う。お前は剣才がない。むしろ、剣から嫌われている。お前は、弓の女神に愛されているんだよ』

「…………ふざけんな」

『魔力制御で身体能力を向上させる技術を無意識に使い、野生の獣以上の隠形、数キロ先の的を外すことのない正確無比な狙撃……おかしいと思わんのか? 貴様ほど、弓の扱いに長けている人間は存在しない。我輩も長く生きているが……貴様のような男、初めてだ』

「…………」


 ロイは黙り込む。

 そして、木刀を鞘から抜いて言う。


「聖剣じゃないと、魔王を倒せないんだよ……せめて、エレノアの隣で、剣を振るえるような」

『なんだ貴様、あの赤髪の女に惚れているのか?』

「…………」


 ロイは、無言で木刀を鞘に戻した。

 それっきり、ロイは喋らず宿を出た。

 

 ◇◇◇◇◇


 中央諸国トラビア。

 光聖剣サザーランドによって守護される国。

 七大聖剣最強の、光属性の剣。サザーランドは今、トラビアの王子サリオス・ギア・トラビアの腰に収まっている。

 ロイは、学園正門前で学園を見上げていた。


「でっかいなぁ……」

『ふん、田舎者め』

「うるさいな。というか、喋るなよ。お前の声なんて聴きたくない」

『ふん。我輩は、喋りたい時に喋るだけだ』

「ったく……」


 正門で受付をする。

 名前、聖剣名を記入すると、学生証がもらえるのだが。


「名前か。じゃあ、デスゲイズ」

『やめろ。我輩の名を使えば、勘繰りされる』

「えー……じゃあ、黒木刀で」


 ロイ・ティラユール。聖剣名は『黒木刀』と記入。

 受付に渡すと、学生証を渡された。

 あとは、これを持って入学式の会場へ。

 会場までキョロキョロしながら歩くロイ。


『探し者……ああ、あの女か』

「…………」


 エレノアは、いない。

 デスゲイズの声を無視し、入学式の会場となる大きな講堂へ到着した。

 周りには新入生しかいない。剣を腰に差す生徒がほとんどだが、中には槍や斧、双剣を持つ生徒もいた。聖剣に決まった形はないと聞いたが、ハンマーのような物を背負う生徒もいることに、ロイは驚いた。


「木刀は……いないよなぁ」


 鞘に収まっている木刀は、この中で一番粗末に見えた。

 席は自由なので、ロイはなるべく目立たないように、後ろの隅へ。

 すると、おしゃべりをしている男子と女子が、ロイの近くへ座った。


「聞いたか? 七本の聖剣、所持者が揃ったって話」

「うんうん。しかも、全員がこの学園の生徒だって!」

「オレらの模造聖剣も業物には違いないけど、女神の七聖剣と比べるとやっぱ違うよなぁ」

「あたし、炎聖剣の所持者見たよ。すっごい可愛い子でさ、殿下とお喋りしてた」

「あ~……サリオス殿下。婚約者いなかったよな」

「でもさ、他の聖剣士も女の子いたよ?」


 婚約者。

 エレノアが、殿下の婚約者になる可能性もあるのだ。

 ロイは沈む。

 もう、エレノアは手の届かないところに行ってしまったような気になる。

 すると、講堂内が暗くなっていく。


『えー……静粛に。これより、聖剣レジェンディア学園の入学式を始めます』


 女性の声。間違いなく、教師の声だ。

 壇上に現れたのは、褐色肌に白髪、顔に刺青の入った中年男性だった。背中には大剣を背負い、嬉しそうにニコニコしている。


『皆さん、聖剣レジェンディア学園へのご入学、おめでとう。ワシは学園長のダイモンじゃ!!』


 すると、ロイの近くにいた少年が呟く。


「『暴剣』のダイモン……SS級聖剣士、二つ名持ち……すっげぇ」


 聖剣士には、等級がある。

 F級から始まり、A級の上がS級、SS級、SSS級。等級に縛られないのが、七つの聖剣を持つ剣士たちだ。

 入学したばかりのロイたちは全員、F級である。よく見ると学生証に「F」と書かれていた。

 二つ名とは、S級以上の聖剣士に与えられる、固有名称だ。


『皆、いい顔をしている。この学園でしっかり学び、聖剣の使い方を覚え、四大魔王を倒す剣となるべく、精進してほしい!!』


 バラガンの声が拡声され、講堂内に響く。

 地声もデカいのか、よく響いた……正直、うるさいくらいだ。


『さて、もう噂にもなっているだろうが……数百年ぶりに、七つの聖剣すべてに、所持者が現れた。昨日まで、王族や貴族相手に挨拶回りばかりで大変だったわ。まぁそれは置いといて……新入生の皆にはしっかり紹介しておこう。では、こっちへ』


 壇上に、四人の生徒が上がった。

 男子一名、女子三名だ。その内の一人は……。


「……エレノア」

『ほう、なかなかいい面構えだな』


 エレノアだ。

 学園指定の制服。腰には炎聖剣を下げ、赤いスカーフをしている。

 女神の七聖剣に選ばれた証として、国からプレゼントされたようだ。

 そして、この国の王子サリオス。

 もう一人は、エレノアよりも身長の低い、青いショートヘアの少女。もう一人は、ゆるふわな栗色のロングヘアで、青髪の少女と同じくらいの身長なのに、かなりのグラマラスだった。

 青髪の少女は細剣で、栗色の少女は身長よりも高い斧を持っている。重量を感じていないのか、ニコニコしたままだ。


『残り三人の紹介はまた今度。うち三人がきみたちと同じ新入生で、こっちの『地聖剣』は、この学園の生徒会長じゃ。ささ、みんな挨拶を』


 最初に挨拶をしたのは、王子サリオス。


『皆さん、初めまして。ボクは『光聖剣サザーランド』に選ばれた───』


 挨拶が始まったが、ロイは聞いていなかった。

 ロイは、ずっとエレノアを見ていた。


「…………」

『もう、届かないな』

「…………」

『惚れているのはわかる。共に背中を合わせ戦いたい気持ちもわかる。だが……剣士として戦うのは、無理だな』

「…………」

『見ろ。もう、あの女の背中を守る剣士はいる。お前ではない』

「…………わかってる」

『お前の夢、だったか?』


 ロイの夢。

 エレノアと一緒に、聖剣士として共に戦う。

 そして、エレノアを守る剣士になる。

 今のエレノアは、ロイを……見ることができるのだろうか。


「…………」


 ロイは、みじめな気持ちで木刀を握りしめる。

 涙は、やはり出なかった。

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