72日目 吹奏楽コンクール

 6月19日、日曜の朝にしては早起きした修平は、吹奏楽コンクールが行われる市民ホールに待ち合わせの8時に間に合うように、まだ眠気がのこるまま家を出た。

 修平が約束の10分前の7時50分に市民ホール着くと、市民ホール周辺には多数の高校生でごった返していた。そんな中から、修平は自分の学校の制服を探しているところに、

「大森君。」

 自分の名前が呼ばれる声がして、振り向くと片桐さんが手を振っていた。

「おはよう。大森君、きてもらって早速でわるいけど、バスから荷物降ろすの手伝ってもらってもいい?」

 修平はこのとき、なぜコンクール開始前の8時にきてと言われた理由を察した。とはいえ、片桐さんのお願いを断るわけにはいかないので、荷物降ろしを手伝うことにした。


「大森君、悪いね。うちの学校男子部員が少ないから、楽器って重くて運ぶの大変だから助かるよ。」

 修平が楽器の運搬を手伝っていると、村上さんから声をかけられた。片桐さんに半分騙されて手伝っているとはいえず、

「ヒロが普段お世話になってるんで、気にしないで。」

 適当な言い訳を口にした修平に、

「ヒロちゃんも幸せだね、こんな優しい彼氏ができて。」

 変な誤解を受けたみたいで、訂正しようと思っていたところに、

「修ちゃん、おはよ。部員じゃないのに、手伝ってくれてありがとう。」

 修平の姿をみつけたヒロが近づいてきた。修平のそばで嬉しそうにしているヒロを、片桐さんと村上さんがほほえましく見つめていた。


「修ちゃん、これありがとうね。」

 楽器の搬入も終わった後、ヒロは金曜日に貸したタオルとTシャツを渡してきた。

「急がなくても良かったのに。これ、何かいい匂いするな。」

 ヒロから受け取り、鞄にしまおうとしたとき、タオルとTシャツから花のような匂いがするのに気付いた。いつもヒロから漂ってくる匂いと同じだ。

「ごめん、香り付きの柔軟剤使ったけど、嫌いだった?」

「いや、ヒロの匂いだなと思っただけ。」

「やらしいこと、しないでよ。」

 金曜日のお返しとばかりに、ヒロがからかってきた。


 コンクールが始まり演奏が始まったが、音楽にさほど興味のない修平には、どの学校の演奏も同じように聴こえ、3校目のころにはすっかり飽きてしまった。

 朝早かったこともあり、眠気に勝つことができず寝てしまった。その眠りから覚めた時には、ヒロたちの出番直前だった。

 ヒロたちが舞台へと入場してきた。ヒロが緊張しているのが、こちらにも伝わってくる。準備が終わり演奏が始まる直前、一瞬、ヒロと目があい、ヒロが微笑んだように見えた。

 演奏は他の学校との差は修平にはわからなかったが、素人目には無難に終わったと思った。ヒロも安堵と満足感のある笑顔で舞台から、退場していった。


 ヒロたちの演奏終了後、修平はロビーに出てヒロの姿を探した。次の順番をまつ他校の生徒で混雑している中、ヒロの姿を見つけることができた。

「ヒロ、お疲れ。よくわからないけど、良かったよ。」

「修ちゃんありがとう。緊張したけど始まる直前に、修ちゃんを見つけてたら、緊張がとけてやれそうな気がしたよ。来てくれてありがとう。」

 ヒロが顔を修平の胸に押し当ててきた。ヒロと修平のことを知っている吹奏楽部のみんなに見られてもいいかなと思い、そっと頭をなでてあげた。

「ありがとう。」

 ヒロの小さい声が聞こえた。


 満足して光悦の表情となったヒロが、修平から離れた後、

「大森君、わるいけど、また楽器をバスに積まないといけないから、最後までいてくれる?」

 片桐さんが素敵な笑顔とともにお願いしてきた。この笑顔の前に、片桐さんのお願い事を断れる男子がいるわけがない。

 修平も了承して、再びホールに戻り飽きてきた音楽を聴きながら閉会式まで待機することになった。

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