14. 夜明けのミューズ

鷹橋たかはしよる]


「お疲れさまでしたー!」


 ライブが終わり、一息つく間もなく撤退作業を終えた僕たちは、最も広い楽屋に集まっていた。少しだけ時間に余裕があるので、全員が揃っているうちに総括をしようというのである。


「よるさん、何か一言お願いしますよ」


「えぇ……いや、ほんとにお疲れさまです」


 僕が戸惑いながらも言うと、笑い声とともに、お疲れさまです、と口々に返事をしてくれる。本当に終わったのだという事実に、感情が追いついていなかった。それでも、これだけは、まぎれもない本心だ。Limさん、イヌタさん、はるかさん。松本さん。その他大勢のスタッフの顔を一人ずつ見つめながら、僕は深々と頭を下げる。


「みなさんと一緒に、ライブができて本当に良かったです。ありがとうございます!」


 集合写真を撮り、飲み会に行く人で集合してからホールを出る。すっかり日は落ちて、虫の鳴き声が都会のネオン街を彩る。汗ばんだ身体を夜風が優しく撫でた。


「よるさん、あの……」


 スタッフの一人が僕の肩をつついた。振り返った瞬間、息が止まる。


「ルカ。リック」


 先行ってますね、と囁いてスタッフが去る。僕は浅い呼吸を繰り返し、幽霊でも見るように二人を見つめていた。


「来て、くれたんだ……」


「何泣いてんだよ」


 ルカが笑いながら僕を小突く。


「だってさぁ……」


 止められるわけがなかった。どうしようもなく愚かな僕を、二人は見捨てなかったのだ。


 ぐい、と身体が引き寄せられ、背中を軽く叩かれる。リックの声が直接僕に触れた。


「お疲れ。よかった」


 すぐに身体が離れ、僕は鼻をすすりながらリックを見つめる。


「髪色変えたんだな」


「まぁな」


「……あれ、今日はカラコン?」


「……この暗いのに、なんでわかんねん」


 かなり暗い色になった髪を掻き上げ、リックが苦笑する。


「ちゃんと就職することになって、さすがに銀髪はあかんかったわ。だから代わりに」


「そっか」


「ていうかMCで俺らのこと喋るんやったら言うといてや。ビビったやろ」


「それじゃおもしろくないだろ。あ、もしかして泣いた?」


「誰が泣くかアホ。泣いたんはお前や」


「はーいストップ。イチャコラすんな」


 黙っていたルカが僕たちの間に割り込む。してへんわ、と笑うリックに、ルカは嘘つけ、と鋭く切り返す。僕はずっと、泣きながら笑っていた。


「てかさぁ、夜」


 ルカが僕に向き直る。


「アンコールの曲、『ミューズ』ってさ、なんていうか、よかったの?」


「あぁ……決別っていうか、次の章に入る幕開けの曲、って感じにしようと思ったんだ」


 僕は少し言いよどむ。


「前にリックと話して、感じた。もう君たちとバンドはできないんだって。だけど、おかげでちゃんと決心がついたよ。僕はもう、夜じゃなくて鷹橋たかはしよるだ。だから、夜をちゃんと終わらせようって思ったんだ」


「それで『ミューズ』ね。……あのバンドなんでしょ? 夜が辞めた理由」


「そうだね。半分くらいは、いや、半分以上かな。……本当に、当時は言えなくてごめん。今さらだけど」


「いいよ、今さら。とにかく、お疲れ。おめでとう」


「おめでとう?」


「初ライブ」


 ふふ、と密やかにルカは笑った。二人の穏やかな瞳は、また僕の心の琴線を震わせる。


「ほなまぁ、そろそろ帰ろか。夜も待たれてるんやろ。写真でも撮る?」


 リックの提案に、ルカが「天才」とリックを指差す。昔のように、ルカの合図で写真を撮った。リックが変顔をし始めるとルカと僕も笑いながら続き、十年の隔たりなど跡形もない。胸にこみ上げるのは愛おしさ。どうしようもないほどに、僕は二人が好きなのだ。


 再会を約束し、僕らは別れた。僕はスタッフやバンドメンバーの待つ居酒屋へと急ぐ。夏の夜空が僕を見下ろしている。僕は、頭上を覆う暗闇に微笑みを向けた。唇から歌が零れる。




 ——なぁ、ミューズ。朝の光はこんなにも美しいよ。

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創生記 分話版 深澄 @misumi36

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