12. アンコール

鷹橋たかはしよる]


「ありがとう! 鷹橋たかはしよるでした!」


 ダメ押しのようなドラムロールの上で、僕は深く礼をする。歓声と拍手の残る舞台を後にした。バンドメンバーも舞台袖に捌ける。客席では拍手がテンポの速い手拍子へと変わっていた。アンコールだ。水を飲み、一呼吸置き、僕たちは再び暗転した舞台に駆け戻る。


 照明が一気に上がり、僕は思わず目を細めた。マイクを持ち、改めて礼をすると、歓声がホールを揺らす。笑みがこぼれた。


「アンコール、ありがとう。もう一曲だけ、歌わせてもらうね」


 イヌタさんが鳴らすバスドラムの音の間、僕はマイクを下ろして客席を見渡した。笑顔。泣き顔。ペンライトが瞬き、熱気が立ち上る。情動が突き上げる。まだ、駄目だ。泣くのは終わってから。


 招待客の席のあたりに目をやる。両親はすぐ見つかった。全公演来てくれている。


 ライブをやることを伝えるため、迷いながらも電話をかけると、父は涙声で「よかったなぁ」と言った。大学生の時は応援してやれなくてすまなかった。ネットに上げていると聞いた時は驚いたけれど、お前がまた音楽を始めてくれてよかった。ぜひ行かせてほしい。そう言われた。


 母はずっとすすり泣いていた。言葉が出なかったらしい。かろうじて発されたのは、「よかったね」という一言だけだった。


 両親は僕の音楽活動を、今度こそ否定しなかったのだ。幸仁さんの自殺から十年。彼が命を絶ったのはデビュー後だったから、今でも僕のことは心配なのだろうが、それでも認めてくれた。複雑な心情はあれど、今はもうそれだけで十分だった。


 マイクを持ち直し、僕は再び口を開く。


「その前に、少しだけお話させてください。僕の、昔の話です」


 少しのざわめきと、期待のこもった沈黙。


「僕は昔、バンドを組んでいました。高校生の時です。だけど、三年ちょっとで解散しちゃったんですね。これは僕が悪くて。とある事情で親に音楽を禁じられたんですよ。その時に僕は、二人に——あ、三人でやってたんですけど、二人に頼ろうとせずに、一人でふさぎ込んで引きこもってしまったんです。それどころか、理由も伝えずに辞める、とだけ言いました。最低でした。そしてね、もっと最低なことに、今回のライブで、二人にバンドをやってくれないかって、頼んだんです。まぁそりゃ断られるよなって感じで。今日はチケットだけ渡したんですけど、来てくれてるのかな……」


 来てくれてるといいな。そう呟きながら僕は客席に目を凝らす。春に会った時も変わらなかった銀髪は、見つからなかった。


「解散自体に後悔はありません。って言うと、二人と離れてよかったみたいに聞こえちゃうけど、そうじゃなくて……。なんて言うのかな、あの時解散していなかったら、今僕は、少なくとも鷹橋たかはしよるとしては活動していなかったと思うので。だけどね、やっぱり二人に頼るべきだったと思ってます。あの時一度、僕は全てを失ったんです」


 僕は言葉を止めると、ホールは嘘のように静かだ。僕は一旦息をつき、笑顔で言った。


「みんなも、大切な人がいたら、絶対手放さないでね。やりたいことがあるなら、奪われないで。夢があるってことは本当にすごいことなので、全力で守り通してほしいって思います」


 マイクをスタンドに戻し、ギターを抱える。


「ちょっと長すぎたかな?」


 Limさんの方を見ると、大丈夫、というように微笑んで首を振ってくれた。僕も笑みを返す。


「聞いてくれてありがとう。それじゃあ、アンコール、行きましょう。今日のために書いた、新曲です」


 悲鳴のような声が上がった。左手を高く掲げる。


「今日は本当にありがとう! 聴いてください。『ミューズ』」

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