第3話 リペリング

 主翼をティルトするモーター音が響くと機内の騒音が一際大きくなった。そして後部のカーゴドアが開くと、騒音はもう会話が出来るレベルではなくなる。

 駿はリペリングバックを地上に落とすと、ロープを引いて装着状況を確かめた。ロープに繋がれたカラビナに自分のスーツに取り付けたカラビナを繋ぎ、機体の縁に体重を掛けて機外に体を躍らせる。

 機内の仲間を見やるが、顔色はフェイスマスクで覗いしれない。それでも紫苑と瑠璃はタクティカルゴーグルの下に見える目に明らかな緊張を浮かべていた。鏡を見れば多分駿も同じような目をしているに違いなかった。

 由宇は普段と変らないようだ。やはり場慣れしているのだろう。

 下を見ると、遥か下に地上が見えた。ダウンウォッシュの強いMCー4通称黒ガラスのホバリング高度は高かった。

 駿は一気に降下するとヘリが墜落した時に出来たと思われる森の切れ目に着地した。少し速過ぎかと思ったが、スーツのダチョウ足が衝撃を吸収してくれた。

 即座に周囲を確認し、機上の由宇に手でサインを送った。残りの三人が次々と降りてくる。全員が地上に降りると、黒ガラスは一際強いダウンウォッシュを吹き付け、南の方向に飛び退っていった。

 上空から吹き降ろす風がなくなると、周囲はジェット燃料の嫌な匂いが立ち込めた。ヘリの残骸からはまだ少し煙が立ち昇っている。

 駿はそのひしゃげた機体の中に人影を見つけた。

「乗員発見」

 情けないことに少々上ずった声になってしまった。

 20式小銃を突きつけながらゆっくりと接近し、窓から中を覗き込む。そして小銃を下ろした。

「機内の乗員は一名、既に死亡」

 その腹には太い立ち木が突き刺さっていた。駿はその死体の胸元に手を伸ばし、ドックタグを引きちぎった。

「名前はガヤチケント、ミニー照会を」

 瑠璃は緊張した声でOKと言うと、胸元に装着しているスイッチを切り替えて報告した。指揮支援車との通信は通信兵を兼ねるミニーが担当している。

 引き続き機内を見ると、後部に機関銃が見えた。

「機体内に重機関銃と爆薬らしきものがある。放置して逃走したもよう」

 重くてかさばる重機関銃を持ってゆくことは諦めたのだろう。となるとやはり敵は軽装備だと思われた。

「照会の結果、ガヤチケントは沖縄出身の旧自衛隊回転翼パイロットと確認。現在は連合共和国軍所属と推定」

 瑠璃の声が無線を通して響いた。

「日本人か」

 ほとんど声を出さない囁きでもNAMマイクを通して三人の耳に届いてしまう。駿は心の中だけでつぶやいた。逃走している生存者もそうなのだろう。覚悟はしていたが、それでもやはり気は進まない。

「もう一体、死体を発見」

 紫苑の声もやや甲高いものになっている。駿が周りを見回すと三十メートルほど離れた場所に横たわるカジュアル姿の遺体があった。紫苑と由宇がその脇で屈んでいた。

 駿が近づくと、両足が奇妙な方向に曲がっていることが見て取れた。墜落時に何かに挟まれたのだろう。だが致命傷と言える傷ではないように思えた。

「後ろから撃たれてます」

 後頭部を確認していた由宇が言った。

「逃走が不可能と見て、仲間が撃ったんですね」

 由宇は拳を握り締めていた。迷彩柄の小さな皮手袋に包まれて見えないが、震えるその手は真っ白だろう。

「投降させれば助かるのに……」

 由宇には仲間を見捨てる行為が許せなかったのだろう。

「追いかけよう」

 駿がそう言うと、由宇は静かに立ち上がった。

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