第2話 ブリーフィング

「先日得られた情報以来、敵による工作に備えて待機していた訳だが、軍上層部は潜入が行われるまで情報源秘匿のため監視のみという対応を採って来た」

 すぐに反応を起こすとそれが敵にも伝わり、内部に潜入させているスパイが特定される恐れがある。そのため情報は必ずしもすぐには活用しない。

 駿たちが実働訓練から緊急帰還して三日が経過していた。情報は、中国が熊襲琉球連合共和国にわが国への潜入破壊工作を実施させようとしているとのものだった。被害さえ発生させなければ良いため、情報源を保護しつつ、潜入した敵は早期に包囲撃破する方針だった。駿たちの待機もそのためだ。

「潜入が行われ次第、包囲殲滅の予定だったが、どうやら潜入の段階で事故があったようだ」

 水島はホワイトボードを背に早口で話している。パイプ椅子を並べただけのブリーフィングルームには中隊の全員がそろっていた。

「本朝未明、極低高度の彼我不明機が山口県上空に侵入した。確認に上がった空軍のスクランブル機が山中で煙とヘリの残骸と思われる物を確認している」

 ホワイトボード上にプロジェクターで写真が写された。立ち上る煙と山中に何かの残骸が散乱している。中央にはテイルブームらしいものも見えていた。

「本件は敵による侵入事案として認識され、現在山口の17普連、旧国分の12普連が包囲のため周辺の道路と市街地に展開中だ」

「生存者と思われる人影8名程を滞空中のハミングバードⅢUAVが捕捉追随している。状況は以上だ。何か質問は?」

「装備は不明ですか?」

 聞いたのは由宇だった。

「ハミングバードが高度を取っているため、現時点では情報が無い。だがテロ目的での侵入と推測されるため、爆発物はあるだろうが重火器がある可能性は低い」

 由宇はコクンと肯いた。

「他には?」

 水島は一同を見回すと先を急いだ。

「では任務だ。分遣隊は入間からMCー4特殊作戦機に搭乗し、ヘリ墜落地点に直接リペリング降下する」

 瑠璃を見ると案の定舌を出していた。リペリングの訓練は1回だけ行っていたが、その時の瑠璃は半べそだった。高いところは苦手らしい。

「現場の状況を確認後、生存者を追跡して捕獲または撃破する。無理に捕獲する必要はない。投降勧告に従わない場合は撃破せよ」

「装備はスーツを含む標準装備、主武装として新月2曹と七尾3士は小銃を、佐々倉2士は対人狙撃銃、御庭2士はグレネードランチャーを携行」

「指揮支援車は別便で防府に空輸し、現場付近で移動しながら指揮を行う」

「質問はあるか?」

 駿は状況を聞いた時から気になっていたことを聞いた。

「分遣隊が出る必要性はなんでしょうか。任務は包囲中の普通科連隊でも……というより四人しかいない分遣隊よりも普通科連隊の方が向いている任務に思えます」

 質問は取り様によっては反抗的にも見えるはずだ。事実水島は厳しい顔をしていた。駿は怒られるかとも思ったが、水島はニヤリと笑って言った。

「必要性はない」

 その瞬間、駿は怪訝な顔をしていただろう。

「だが分遣隊でも十分だ。この任務は本来包囲中の普通科連隊に与えられる予定だったものだ。それを私が無理を言って貰って来た。普連とすれば嬉しくはないだろう」

 部隊、特に指揮官は思った以上に面子を気にするモノだと教育隊の班長から聞かされていた。包囲網の形成といういわば裏方を普通科連隊にさせ、制圧任務だけ貰って来るところを見ると水島には政治力もあるらしい。

「目的は君たちに実戦を経験させることだ。君らは並外れた戦闘力を持っているが、如何せん経験が足りない。経験不足は対応力の不足につながる。それでは戦場で生き残ることはできない」

「これで納得したかね?」

 水島は駿たちの訓練としてこの任務を付与しようというのだ。納得するしかなかった。駿は静かに「分かりました」と答えた。

 満足そうに肯いた水島は、何故だか喜んでいる様にも見えた。

「では直ちに入間に移動せよ」

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