第12話 オープン初日

「そう言えば、その格好で客の前に立つつもり?」


 オープンの日、城に住んでいるはずのヨシュアがホテルとなった屋敷に顔を出しに来ていた。家の命運を心配して、と言うより、吉田が次に何をが仕出かすのか愉しんでいる。コメディアンと同じ扱いだ。 


 吉田の出で立ちはダボっとしたチュニックに、ベルトのようなものを締め、下はタイツのようなぴっちりしたズボンだ。


「ヨシダは俺に似ているじゃないか。俺が接客すると思われるのは嫌だな。どうにかならない?」


 似ているから影武者代わりにしたかと思えば、似ているから人前に立つなと言う。勝手なことばかり言われてムカつくが、ヨシュアは仮にも領主である。領主が召使の真似事をしていては面目丸つぶれだ。吉田は「わかりました」と頷き、裏に引っ込んだ。

 しかし以前と同じように変装しようにも、カツラでは勤務の最中にとれかねない。仕方ない、と吉田は大事にしまっていた荷物を取り出した。


「ははは。なんだその格好は」


 ヨシュアに指さして笑われた。日本に居た時に着ていた吉田の制服である。ジャケットに膝丈のプリーツスカート。色は黒で金のボタンがつけられており、左胸には『吉田』の名札がついている。オーソドックスなホテルフロントの格好だが、異世界人の目には奇妙に映るようだ。


「胸まで膨らんでいるぞ。まるで女じゃないか」

「私は女ですよ?」


 まだ気づいていなかったのか、と吉田は内心嘆息する。


 異世界に飛ばされた当初、私服のズボン姿で、髪も短く、背も高かった。

 男に勘違いされたのを良いことに男として通した。見知らぬ地で、女がどんな目に遭わされるかわかったものではなかったからだ。ガライ家の面々に親切にされても、着替えやトイレは気を使い、決して性別を明かすことはなかった。その判断は間違いではなかった。男だと思われ身代わりとして殺されそうになったわけだが、それまで利用価値を見出され、衣食住が満たされ、ガライ家から放り出されることはなかった。


 さすがにガライ家のヨシュアと名乗る人物が処刑された際、女では入れ替わりがバレるだろう。ガライ家の面々はどうするつもりだろう。まあ、死んだ後のことは生きている者に任せればいい。


 固まるヨシュアを尻目に、吉田は職場へ向かう。


 やれることは全てやった。最高でなくとも最善の手は打てたはず。

 フロントに立ち、吉田はそう自分に言い聞かせていた。


 オープン初日。太陽は真上にあるが、客はまだいない。


 暇すぎた吉田はカウンターを磨き、ロビーを掃き清める。日差しは傾き、だんだんと影は長くなりはじめたが客が来る気配はない。


 吉田は外に出て落ち葉を掃きはじめた。

 客が来ない。夫人になんと言い訳しようか、やはりこの世界でホテルは無理なのでは。

 弱気になりながら、ひたすら箒を持つ手を動かす。


 地面ばかり見ていると、そこに影が差した。

 顔を上げると、一人の男が立っていた。壮年のその男は、ビロードのプールポワン、立て襟にレースの袖口と言う流行の格好だが、良い仕立ての衣服より先にもみあげと一体になった長く立派な髭に目が行った。


「泊まれると聞いたのだが」


 手には吉田お手製のパンフレットを持っている。


「はい! はい! こちらへどうぞ」


 吉田は客をフロントに案内した。フロントは吹き抜けのエントランスホールで、客が寛げるようソファーが置かれている。もう少し客が来るようになったらカフェ等も設置予定だが、今のところ誰もいない。


「お部屋はどうされます?」

「一番高い部屋にしてくれ」


 悩んだ末の価格設定であったが、こんなにもあっさりと払われるとは思わなかった。


「こちらにお名前をご記入ください」


 吉田が差し出したのは、チェックインをする際に記入する宿泊カード。伝染病や食中毒などが発生した際に追跡や連絡をとるため、犯罪者を予防し治安維持をするため、宿泊客の身元は明らかにしなければならない。さらに今回は、ホテルの備品を意図的に壊したり紛失したら弁償しろ的な契約書としての役割もある。


「これは正しく書かねばダメか?」

「はい。例えばお部屋に忘れ物をされた際、どちらにお届けすれば良いですか?」

「忘れ物を届けるのか?」


 何故かびっくりされてしまったが、吉田は「勿論です」と胸を張る。


「それに、違反者には領主命令で10ドゥカードの罰金が科されます」

「なんだ。たかだか10ドゥカードか。では、先に払っておこう」


 客は懐から無造作に金貨を取り出し、黒革のキャッシュトレーに置いた。吉田は喜びより戦慄が先に来た。札束で自分の頬を叩かれている気分になる。金は受け取りたいが、宿泊カードに偽名を書く客は厄介と決まっている。


「たかだか一泊に大金を払うのだ。価値が無いとわかれば、金を返してもらうぞ」

「ご満足いただけるよう、誠心誠意尽くさせていただきます」


 油断ならない客の眼差しに、ひきつった笑みを浮かべる。


「では……」


 ベルボーイを呼ぼうと思ったが、誰もいなかった。仕方なく吉田はフロントを別の使用人に任せ、客の前に立つ。


「お部屋にご案内致します」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る