第11話 手作りの宣伝

 こうして、様々な課題に直面し、頭を悩ませる日々を過ごしていた吉田だったが。


「ちょっとヨシダ、あなたいつまでグズグズしているつもり?」


 ある日、城にいる未亡人に呼び出され、発破をかけられた。


「奥様はホテル経営に反対だったのでは?」


 吉田は目を丸くする。


「当たり前じゃない。得体のしれないものに財産をつぎ込む馬鹿がどこにいるのよ」


 では何故、と疑問符を浮かべていたところ、意外な答えが返って来た。


「ヨシュアから聞いたわ。あなた、30ドゥカード稼いだんですってね」

「それはホテル業じゃなくて賭博……」

「そんな腕があるならさっさと6000ドゥカード集めてきなさい」


 大金を稼いだ実績が夫人の心を動かしたらしい。


「しかし資金が」

「多少なら融通するわ。他に方法もないことだし、あなたに任せてみるわ」


 以前なら考えられなかった態度に、信頼を得られたとぬか喜びをしたのだが。


「私たちはいつまで城に居ればいいのよ。冬が来る前になんとかして頂戴」


 夫人が漏らした本音に感慨も吹き飛んだ。


「しかしお客様を迎える準備が完全にできていなくて」

「完璧である必要はどこにあるの。だいたいで良いの。全部の部屋の準備ができないと言うのなら一部屋だけでも良い。

悠長なこと言ってる暇はないのよ。国王は期限のことを言わなかったのよね? なら、明日請求が来てもおかしくない。使用人たちを派遣するから、来月の頭には始めなさい。いいわね?」


 有無も言わせぬ夫人だが、言い分もわかる。怨嗟の目で睥睨した少年が、仇に猶予を与えてくれるとは思えない。来月オープンなら時間がかかる水道は一先ず置いておこう。料理は料理長とは別の仕事をする人間を確保し、部屋は整えられる室数で……などと予定を立てながら、吉田は口を開く。


「では奥様もお力をお貸しいただけますか?」

「私?」

「お知り合いにホテルのことを宣伝してくれませんか。今のままでは客が来ません」


 途端に夫人は渋い顔をした。

 吉田が、ターゲットを絞って宣伝すべきだ、これはあなたの息子の案でもある、と告げると、

「そう、ヨシュアが」

 と少し表情が動いた。


「何とかしたいのは山々だけど。実は王から6000ドゥカードの条件をつきつけられた時点で親類や、以前親しくしていた人に援助を求めたわ。でも、誰も……」


 言葉を切り、夫人は紅い唇を結ぶ。それは、今になって彼女が焦り始めた理由だった。


「逆に良いかもしれません。最初に無理な要求をして相手に断わらせた後で、本命の小さな要求をして承諾させる、ドアインザフェイスって交渉術があります。

親類の方々は奥様の申し出を断ったことで、あなたに対して悪いと思っているはず。宿泊施設を始めるから宣伝してくれと頼めば、協力してくれるはずです」

「ヨシダは変なことばかり知ってるわね」


 夫人は少し元気を取り戻したようだった。


      *    *    *


「今度は何を始めたの?」


 その日の昼下がり、吉田は庭先に腰を下ろすと、木炭の先を細く削った即席の鉛筆を一心不乱に走らせていた。ヨシュアが紙を覗き込む。


「うちの絵?」

「宿泊施設の絵があれば宣伝になるかと思いまして」


 この世界の識字率は低い。絵ならば誰が見てもわかる。全体像を含めた外観、室内の様子などがわかるパンフレット的なものを作るつもりだった。しかし……。

 描き始めて数時間は経っただろうか。完成した絵を見て吉田はがっかりした。単に線が狂っていると言うのもあるが、構図やセンスの問題である。すぐにでも泊まりたくなるような、魅力ある絵にしなければならないのに。


 すると、いつの間にか隣でヨシュアが絵筆を片手にキャンバスらしきものに向かっている。

 吉田が描いているのを見て、自分もやりたくなってしまったらしい。

 白い下地に描かれたのは、息を呑むほど美しい絵だった。遠近のメリハリのある構図。淡い色彩に石壁の一つ一つの明暗。荒れ気味の庭は絵の中で手入れの行き届いた庭に生まれ変わり、生垣には季節違いの花が咲いている。恐らくヨシュアの頭の中にある過去の光景なのだろう。


「とんでもなく上手いじゃないのですか!」

「音楽とか舞踏とかと一緒で教養の範疇だよ。芸術の良し悪しを見分ける目がないとパトロンにはなれないからね」


 ただの教養で片付けるには惜しいほどの絵である。パトロンで雇う側ではなく、雇われる側でも十分やっていけそうだ。


「その調子で室内の絵も描いてくれませんか?」

「やだ。飽きた」


 ある程度出来上がるとさっさと道具を片付け始めた。芸術家肌と言うか気まぐれと言うか。もう少し根性があれば画家として大成しそうなのに。もっと努力をする人間にあげればいいのに、神とやらは無駄に才能を与えるのがお好きなようだ。


 何はともあれ、ヨシュアの絵と自分が描いた室内の絵を組み合わせ、カッツに製材してもらった丈夫な木の板に、レイアウトした構図を写す。そして、いつぞや図画工作で習った浮世絵の技法を使い、一枚の板で多色刷りを行った。色ごとに別々の版を作る方法もあるが、誤差のない版は職人でないと難しい。何枚かは失敗したし、紙代も馬鹿にならなかったが、なんとか満足のいく版画が完成した。最後はマルコに頼んで一文字ずつ鋳造した金属の文字を並べて文章にし、絵が乾いてから印字した。


 三日かけて作成したホテルのパンフレットは、未亡人のダイレクトメールに同封された他、王都や他の都市の社交場に飾られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る