第7話

 一週間後、アンディシュは中央の都市に戻っていた。


 そして、中央の大学で、正餐ハイテーブル・ディナーの席についていた。


 前菜は、タラの燻製に、赤かぶの酢漬け。

 主菜は、いささかパサついたローストチキン。

 デザートはリンゴひとかけ。

 そして、大量のペールエール。


 正餐せいさいとしては、この時代としてもいささかお粗末なものだ。

 しかし、そんな事よりも、彼らには、とびっきりのメインディッシュがあった。


 アンディシュが訪ねた、元級友ナスカの実家での出来事。その一部始終をまとめたレポートだ。


 途方もなく長いテーブルの席に座る学友とバッカン教授は、アンディシュの説明を聞きながら、彼が書き記したレポートを回し読む。


 彼らは、一様にアンディシュと同じ、全身黒に燕脂の縁をあしらったフードを着こんでいた。〝トリニティ・カレッジ〟に所属するメンバーだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――

 ここで、この世界の〝中央の大学キャピタル・ユニバーシティ〟について、便宜的ながら説明しておきたい。

 〝中央の都市キャピタルシティ〟には、十三の〝学舎カレッジ〟がある。この学舎に、学生はモチロン、教授たちも寄宿をして寝食を共にしている。


 そして、この十三の学舎はそれぞれ独立採算で成り立っており、その高度な知識を教会や為政者に提供したり、農場や、職人・錬金術のギルドを共同運営し、よりよい食物・製品を作り上げるために仮説と検証を繰り返している。


 つまり、学舎カレッジとは、学により生計を立てる者。学者スコラー団体の事を指し、その実態は今でいう総合商社の企画・研究部門に近い。


 そして、十三の学舎カレッジが密集する地域の事を、中央の大学キャピタル・ユニバーシティと総称しているのだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――


「以上で、報告を終了します。なにか質問はありますか?」


 アンディシュが、いささか詳細すぎる説明をしている間に、彼のレポートを回し読み終えた十二人の学友フェローと、その長であるバッカン教授は、一斉に議論を始めた。


「おいおい、アンディシュ、肝心の降霊の儀のことを聞かされてないぞ!

 結局あの、はねっかえり娘は、悪魔に魂を売ったのか?」


 恰幅の良い金髪オールバック男が、パサついたローストチキンを口いっぱいに頬張りながらアンディシュのレポートに苦言を呈す。


「思った通りだ。ナスカとだったアンディシュが、まともなレポートを書けるわけがないんだよ! やっぱり俺がいくべきだった」


 やせっぽちの鷲鼻の男があいずちをうちつつ、ペールエールをあおる。


「やれやれ、まだそんなどうでもいいことにこだわっているのかねぇ?」


 言ったのはこの学舎の長、バッカン教授だ。


「当然、降霊の儀はしているよ。このレポートにハッキリと記されてあるねぇ」


 どういうことだ?

 ふとっちょと鷲鼻男が顔を見合わせるなか、アンディシュが話を始める。


「ナスカが使った耳慣れない言葉。

 クレープ、ニョッキ……そしてその原料となったジャガイモ。

 その語源がバラバラです」


 アンディシュの言葉に、バッカン教授があいづちを打つ。


「そう! クレープは〝いばら槍フランカエピン〟の言葉。ニョッキは〝靴の半島シューペネンソラ〟の言葉、そして芋に至っては、太閤タイクーン・ヒヨシがつくったとされる言葉だねぇ。

 ナスカと入れ替わった人物は、その言葉を知りつつものだ。

 こんな不可解な出来事、四百年ほど前にもおこったねぇ?」


 その質問に、ふちょっと男と、鷲鼻男が声をそろえる。


「「太閤タイクーン・ヒヨシ!!」」


「そーゆーことだねぇ。

 自出不明の身でありながら、その機知と人心掌握により一代で立身出世を成し遂げた、太閤タイクーン・ヒヨシ以来の出来事だよ。

 彼は〝西の端島ウエステッド〟の文明を四百年も押し進めた。彼の執り行った太閤検地と、農兵分離の一大政策、刀狩り令、その恩恵をこの国はいまだに受けてるんだからねぇ」


「ということは……やはりナスカは太閤タイクーン・ヒヨシの魂を宿した……と?」

「ちがう、ちがう、そうじゃなーい♫」


 バッカン教授は、アンディシュの仮説を歌うような節で否定する。


「あのナスカのことだ。もっと大胆なことを考えてしかるべきだねぇ。

 太閤タイクーン・ヒヨシは、所詮は四百年前の未来人。

 てことはだよ? 今となってはただの現代人だねぇ」


「!! すると、ナスカの身体に入り込んだのは……!」


「そう、この世界より四百年進んだ未来の農業従事者。

 我々にとっては、未知なる作農技術を有する、さしずめ〝農業の神〟ってところだねぇ」 

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