第8話

「そう、この世界より四百年進んだ未来の農業従事者。

 我々にとっては、未知なる作農技術を有する、さしずめ〝農業の神〟ってところだねぇ」


「「おおおぉぉぉぉ!!」」


 バッカン教授の仮説に、学舎カレッジのメンバーは感嘆をあげる。

 が、ひとりだまってペールエールをあおる男がいた。


「大事なのはナスカに乗り移った人間の正体じゃあない。そいつが持ち込んだジャガイモでしょう?

 交配をせずとも身を実らせる。その奇天烈な栽培方法を、どう教会に納得させるか……信託シナリオを作ることでしょうが」


 シメオンはペールエールの樽のジョッキを置くと、足の古傷をさすった。

 アンディシュは、彼のしぐさを見ながら首肯する。


「確かにそうだな。理解及ばぬ真実ほど、民が恐れるものは無い」

「そういうことだ。俺は、もう幽閉されるのはゴメン被るぞ」


 トリニティ・カレッジが発表したとされる、急速な寒冷化による未曽有の大飢饉。

 そのは、この国を大混乱に落とし入れた。


 高度な気象学にもとづく、確固たる予測なのだが、そのレポートは、この時代の人々には、到底理解できないものだった。


 理解できないものは恐ろしい。


 それはいつの時代でも同じだ。我々も、現在進行形でウイルス性の感染症に恐れおののいているではないか。


 そして理解できないものの恐怖に、人は分かり易い極論を欲する。

 トリニティ・カレッジから流出したは、人々を恐怖に陥れ、その恐怖をたきつけた人間は激しく弾圧された。


 シメオンはその被害者のひとりだ。

 幸い、彼は一年半の幽閉程度で済み、足を不自由にされるくらいで済んだが……。


 シメオンは、足をさすりながらアンディシュに質問する。


「そのジャガイモは、本当に種芋とやらでしか栽培できないのか?」

「通常の交配による栽培も可能らしいが、繁殖が難しく、発芽から数年はかかってしまうらしい」

「そんな悠長なことをしていたら、この国はかつえ殺しにされちゃうねぇ。海外に頼る……いやいやそれが一番の悪手だねぇ」


 アンディシュの報告に、バッカン教授が長い髭をさすりながら苦い顔をする。

 その言葉を気象学のエキスパート、シメオンが受け継いだ。


「仮に大陸から食料を輸入するとしても限度があるな。そもそもこたびの寒冷化は大陸の〝穏やかな海〟の地帯まで及ぶ。我が国が食糧を占有することは、すなわち大陸諸国を敵に回すことになる」


「もぐもぐ……となると、やはりジャガイモを経典に即した食物へと仕立てる必要があるね……もぐもぐ」


 答えたのは、ローストチキンをちびり、ちびりとかじっていた青年だ。他のみんながとっくに食事を済ましているのに、その男は、未だに主菜をもたもたと食べている。


「おやおや、ようやく会話に参加かい? のろまなリトルリバー君」


 シメオンに、挑発交じりに名前を呼ばれたその青年は、ローストチキンを口に入れたまま話を始める。


「もぐもぐ……シメオン、君はあまりに頭がよく、物事を即断即決してしまうことから、後悔することも多いだろう……もぐもぐ……その点、ボクはこのとおりのろまだからね、十分に時間をかけたうえで判断するので、後悔も少ないよ」


「ほう、十分に時間をかけて、何かいい案は浮かんだのかい? コノのろま野郎!」


 シメオンの明らかな挑発をガン無視して、リトルリバーはアンディシュに質問をなげかける。


「もぐもぐ……アンディシュ、君はナスカとだったけど、性交はすませていたのかい……?」

「えぇ! セセセッ性交??」

「おいコラ! リトルリバー! 今は〝のっぽとチビ助〟の情事の話なんてどうだっていいだろうが!!」

「もぐもぐ……いやいやとっても重要さ。頼む、アンディシュ、正直に答えてくれないかい?」


 リトルリバーは口をモゴモゴさせながら、しかし大真面目な表情でアンディシュに問いかけた。


「していない。口づけはかわしたが……性交には至っていない」

「もぐもぐ……神に誓って?」

「ああ、神に誓って!!」

「もぐもぐ……なるほど、なるほど。それならナスカ……ああ、今は別人格がやどってるんだっけ? まあ、面倒だからナスカのままでいいや。

 もぐもぐ……とにかく、そのナスカに聖女を演じてもらいますか」


「「……はぁ?」」


 リトルリバーの発言に、生徒たちが首をひねる中、唯一、バッカン教授がガッテンとこぶしをを打った。


「なるほど、なるほど、経典の受胎告知のくだりを引用するのだねぇ?」

「もぐもぐ……ご名答!!」


 シメオンが興奮気味に話をひきつぐ。


「なるほど! ジャガイモは交配せずとも実りを宿す!!

 それを、聖母の処女懐胎のエピソードになぞらえる!!

 そしてその軌跡を現世うつしよにもたらしたのが聖女ナスカってわけだ!!」


「ナスカが……聖女??」


 ・

 ・

 ・


『えへへ、気に入ってくれてよかった!』


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 ・

 

「ニョッキのスープのお代わりを勧めてくれたあの時の笑顔。

 確かにあの笑顔は、聖女のそれかもしれない……」


「決まりだな!!

 ナスカ……いや聖女ナスカは、その奇跡のチカラで『神の食物ジャガイモ』をこの〝西の端島ウエステッド〟にもたらした。

 この信託シナリオで教会とコンセンサスをとることにしよう!」


「もぐもぐ……じゃそれでー」


「アンディシュ、君はナスカのもとに月一で訪れて、ジャガイモの生態をレポートしてくれ!!

 信託シナリオと教会へのネゴシエートは、俺とリトルリバーで進めておく!!」


「あ……ああ」


 こうして、ナスカのあずかり知らぬ所で、彼女を聖女とまつりあげる信託シナリオが、つくられはじめていた。

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