第5話 旅立ちの予感

最高の父さんと母さんに愛情を持って育てられる。


最強の父さんと母さんたちに厳しく修行を施される。


すると僕はすくすくと立派に育つ。

病気することなく、12歳まで育つ。


この世界では15歳が成人であるが、12歳には大抵の子供は家業を継ぐか、それ以外の道へ進むか進路を決めている。


農地を継ぐ子供は鍬や鋤の修復方法を覚える。種をまく季節を覚える。


領地を継ぐ子供は武術の訓練を始め、立派な騎士になることを誓う。


商人の子供は読み書きそろばんを極めるのだ。

一方、僕はというと進路を迷っていた。


なぜならば父親と母親の意見がバラバラだからである。


剣神ローニンは当然のように剣を僕に託す。


「男がちまちまと回復や魔術など馬鹿らしい。男は剣を握るべきなんだ」


治癒の女神ミリアはそんなの野蛮よ、とポーションを渡す。


「ウィルは優しい子。治癒の道を究め、山の聖者になるべきよ」


魔術の神ヴァンダルは言う。どちらもくだらない、と。


「魔術の真理こそ人間が学ぶべきこと。魔術の深淵を探求してこそ人生の尊さも味わえる」


それぞれに違う主張をする。皆、こめかみをひくつかせる。ローニンは腰の刀に手を伸ばし、ミリアは身体に魔力をまとわせ、ヴァンダルは杖に手を伸ばす。


三者三様どころか、敵対する始末。


僕としては三人の父母、皆好きであったので、ひとりだけを選ぶことはできない。


ローニンもミリアもヴァンダルもそれぞれに大好きであった。


しかもただ大好きなだけでなく、それぞれの得意とする分野も好きなのである。


剣を振るうのも好きだし、ポーションを調合するのも好きだし、魔術の本を読むのも好きだった。


それらを極めたい。色々な基礎を学んだが、それぞれさらに極めたいと思っていた。


そのことを三人のいない場所、木の上で告白すると、褒めてくれる人物が現れる。


鳥の姿をした人物だった。


彼の名前は万能の神レウス、赤子だった僕を拾ってくれた恩人だ。


彼は無貌の神、千の化身を持つ神の異名がある。あらゆる姿に変身できるのだ。


ヒヨドリの姿をした四人目の父親は、謹厳実直な声で僕を褒める。


「ウィルよ、お前は素晴らしいな。我が儘な三人の父母の期待に応えている」


苦笑を漏らしながら応える。


「そんなことはないよ。父さんたちの修行はどれも本当に面白いんだ」


「しかし、いつかはどれかを選ばなければなるまい」


「やっぱりそうかな?」


「そうだ。お前には才能があるが、さすがにすべてを極めるのは難しいだろう。剣術ではローニンには及ばない、治癒ではミリアに劣る、魔術ではヴァンダルに勝てない。それでは竜頭蛇尾もいいところだ」


「竜の頭になれるだけ立派だと思う。それにレウス父さんはそれでもいいっていっていたような」


「気が変わった。お前の才能は最強だ。だから最強の男になってほしい」


「最強になったらなにかいいことある?」


「あるさ。仲間を守れる。家族を守れる。厭なやつに頭を下げなくていい」


「最初のふたつは魅力的だ」


「仲間や家族を守れる強い男になりたいか?」


「うん、山の動物たちを守りたい。父さんや母さんたちを助けたい。……でも」


「でも?」


「父さんたちは守る必要がないかも。強すぎるもの」


「たしかに」


かっかっか、と大仰に笑うレウス。つられて僕の口角も緩む。


「ただ、お前にはより大きな視点を持って欲しいな」


「大きな視点?」


「ああ、家族や仲間を守るのも大切だ。それすら守り切れないものも多いからな。しかし、お前にはより多くのものを救える力があると思うんだ」


「より多くのもの?」


「そうだ。眼前に広がる光景を見てみろ」


「……眼前?」


僕は見慣れた景色を見つめる。


山々が広がっている。木々が目に飛び込む。その先にあるのは石で作られた人工物だった。


「あれは街だね? 人間が住んでいるんでしょう?」


「そうだ。あそこには人間が住んでいる。お前の仲間だな」


「でも、一度も会ったことがないよ?」


「そうだな。我々は山を下りるのを禁じていた」


「うん、危険が一杯なんだよね」


「そうだ。子供であるお前には危険が一杯だ。誘惑も多い。敵もたくさんいる。だが、我はいつかお前にあそこに旅だってほしいと思っている」


「あそこに?」


「そうだ。あそこにはたくさんの人間が住んでいる。お前にとって良い人間も悪い人間も。しかし、彼らと出会えばお前も成長するだろう。あらたな可能性を開いてくれるはずだ」


「新たな可能性……」


僕は改めて街を見下ろす。たしかに一度あそこに行ってみたいとは思っていた。


「それにお前はいつか旅立つ。それは宿命なのだ」


「宿命――」


「定められた運命だな。我が赤子だったお前を拾ったとき、天啓が湧いたのだ」


「天啓? 神様なのに?」


神様に似つかわしくない言葉に僕は苦笑してしまう。


「我は神と呼ばれているが絶対者ではない。この世界には神を作った圧倒的な超越者もいることだろう。いや、調整者かな」


レウスは感慨深げに言うが、その話題を広げる気はないようだ。


「ともかく、お前を拾ったとき、内に声が湧いた。なにものかがささやいた。この子はやがて世界を救う子になる。我らが世界の救世主になると」


「救世主……」


つぶやいてみるが、当然、実感が湧かない。


しかし、レウスは「気にするな」という。今は実感がなくても定めのときは訪れるという。


レウスは預言者のように言う。


「やがてお前を大海に放つ使者がやってこよう。それは我々、親子が別れを告げる日でもある。しかし、それは悲しいことではない。旅立ちは新たな出逢いの始まりでもあるのだ。それに我ら親子が培った絆は距離という暴虐でも時間という悪魔でも引き裂けない。どのように離れようとも、どんなに時が経っても、我らは最高の親子ぞ」


ヒヨドリのレウスがそう言うと、僕も「うん」と、うなずいた。


そしてふたりは一緒に家に帰る。


今日はミリア母さんが腕によりを掛けて料理を作ってくれているのだ。


ちなみにミリア母さんは女神だけど、五人の中で一番料理が下手だった。しかしそれでも一番一生懸命に作ってくれるので、母さんの料理が一番好きだった。

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