第4話 魔術の真理を目指せる少年

ウィル7歳の冬。



僕はすくすくと育ち、神々の教えを吸収していく、

水竜の日はローニンの剣術道場、火竜の日はミリアの治癒教室、木竜の日はヴァンダルの魔術講座。


というわけで今日はヴァンダル父さんに魔法を習う。


ヴァンダルは神々の中でも理論派として知られるので、ローニンのようにいきなり木刀を渡したりしない。ミリアのように適当に薬草を煎じたりしない。


まずは座学ということで歴史書などをみっちり読まされる。


「なんで魔術の本じゃなくて、歴史の本なの?」


ある日、まったく魔法とは関係ない本を読まされることに疑問を感じた僕は尋ねる。


「魔法の基本は知識にある。膨大な魔術の体系を理解するには、基礎的な知識が必要じゃ」


それに、とヴァンダルは続ける。


「お前には頭がよくなってほしい。より多くの物事を学び、大局的にものを見られる魔術師になってほしい。だから基礎教養から教える」


とヴァンダルはまず僕に読み書きを教え、その後、この世界の成り立ち、この国の歴史などを教えてくれた。


「このミッドニア王国は世界の中心にある歴史ある大国。世界の中心ゆえ、常に戦乱に巻き込まれてきたが、このテーブル・マウンテンだけは各国の不可侵領域となっている。なぜか、分かるか?」


「ヴァンダル父さんたちがいるから?」


「その通り。このテーブル・マウンテンには神々が住んでいる。下界に干渉しない代わりに、下界の国々も干渉しない不文律を持っている」


「ふぶんりつ?」


「子供には難しい言葉じゃったな。簡単に言うとそういう決まり事がある」


「決まり事は知っている。ローニン父さんの決まり事は毎日お酒を飲むこと。ミリア母さんの決まり事は毎日、美肌パックをすること」


「わしの決まり事は毎日、本を読むことじゃな」


「うん、僕もヴァンダル父さんを見習って毎日、一冊は読むようにしている」


「すごいではないか」


とヴァンダルは僕に絵本を渡そうとするが、僕は渋い顔をする。


「毎日、一冊、絵本を読んでいるのだろう? ならば足りなくなるはずだ。今度、街に行ったとき新しいものを買ってくる。今はこれで我慢してくれ」


「違うよ。僕が毎日読んでいるのは、ヴァンダル父さんと一緒」


「なに? わしと一緒?」


僕はヴァンダルの書斎に置かれた分厚い本を指さす。


「昨日はこれを読んだ」


僕が指さしたのは、古代の魔術師カル・ラハブが書いた炎竜の書という魔術書だった。


「まさか、これは古代魔法言語で書かれたものだぞ」


「古代魔法言語はヴァンダル父さんがよくしゃべっているじゃない」


「あれは独り言だ。まさか、その独り言を解読したのか?」

 

「うん!」


と元気よくうなずく。


「信じられない。真実か?」


「本当だよ。じゃあ、当ててみせるよ。適当なページを言ってみて」


「ならば211ページ」


「211か、そこに書かれているのは、カル・ラハブさんが書いた炎魔法の一節。カル・ラハブのオリジナルだね。ええと、たしか詠唱文字は『يجوبان، لهب جوبان، لهب جوبان، لهب』かな」


ヴァンダルは炎竜の書を確認している。


「……たしかにその通りだ。ウィルよ、お前はたったの一日でこの難しい書物を読破し、記憶したというのか?」


「中身はちんぷんかんぷんだったから、一生懸命に覚えたんだ。覚えればいつでも頭の中で読めるでしょ?」


ヴァンダルは細い目を見開くと、「この子は天才か……」と、つぶやいた。


「……信じられない」


それでもつぶやくヴァンダルに、僕は信じて貰えるように行動に出る。


「まだ、よく分からない部分もあるけど、その魔法書で僕は魔法を使えるようになったよ。見て」


そう言うと僕は窓を開き、外を指さす。

家の外にある岩に向かって魔法を放つ。

《炎嵐》の魔法。ファイアストームだ。


僕の手から放たれた小さな炎は、岩に近づくに従って渦を巻く。


岩を取り巻くときには炎の嵐となっていた。

《炎嵐》は力強く燃え上がる。


「なんと、ウィルよ、おぬしはその歳で《炎嵐》を使いこなすというのか?」


ヴァンダルは驚愕の表情をするが、僕は平然と魔法を使いこなしていた。



平然と楽しく魔法を使いこなすウィルを見てヴァンダルは思う。


この子は天才そのものだと。


通常、子供が魔法を覚えるのは早くても7歳くらいである。


それも《着火》や《念動》といった基本中の基本魔法から覚え、《火球》の魔法を覚えるのは10歳くらいだろうか。


それをこの子はすっ飛ばして7歳にして《炎嵐》を使いこなしているのである。


しかもその魔法もヴァンダルが教えたのではなく、自力で覚えたのだ。


ヴァンダルとてそのような器用な子供ではなかった。


つまりこの子は数百年にひとりと謳われた魔術師の麒麟児(きりんじ)ヴァンダルを超える逸材ということになる。


万能の神レウスがこの子を連れてきたとき、正直、ヴァンダルはどうでもよかった。ローニンやミリアのようにはしゃぐことはなかった。いや、それどころか赤子は五月蠅いと厭な顔をしたことを覚えている。


だが、どうだ。実際、ウィルという人間の子供に触れて、自分の考えは変わった。


この世界には自分よりも才能と可能性のある人間の子供がいると知り、老木の血がたぎった。


「この子ならば魔術の真理に到達できるかもしれない」


ぽつりとつぶやく。


あまたの魔術師が、最高の知能と呼ばれた賢者級の魔術師たちが挑み、結局到達することができなかった魔術の真理に、この子ならば到達できるかもしれない。


そう思ったヴァンダルは頬を緩める。


真理に到達するのが自分ではないというのが癪であるが、思ったよりも嫉妬心は湧かない。


ウィルの屈託の無い笑顔を見ているとそんなものは消し飛んでしまう。


自分の息子が自分を超えるかと思うと嬉しさしか湧かない。


「かつて魔術の真理に挑戦した無数の賢者たちよ。今、ここに宣言しよう。我が息子こそ、全魔術師の悲願を達成するものなり」


魔術の神ヴァンダルは心の中でそう叫ぶと、愛しい息子を抱きしめた。

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