第6話 14歳になった少年

14歳になった僕。

正確には14歳と11ヶ月と数日。

つまりほとんど成人となっていた。

もはや体躯は立派な大人――とは言い切れない。


激しい修行を重ねたが、僕の身体はローニンのように大きくはならなかった。


かといってヴァンダルのように貧弱でもない。


強いていえばミリア母さんから胸とくびれを取ったような感じ。どちらかといえば華奢だった。


顔もどこか女の子っぽい。女装をさせればさぞ美人になるだろう、とはローニンの言葉であり、ミリアが実行しようとしたところであるが、僕は必死に抵抗した。


だから今まで女装はさせられずに済んだが、15歳の誕生日。つまり、成人の日までに一度はさせたいとミリアは狙っていた。


女装などさせられたらたまらない。山の仲間たちに笑われる。


そう思った僕は成人の日の準備をする父母たちに背中を向け、狼のシュルツの背中に乗った。


気晴らしに山を散策するのだ。

友の背に乗った僕は風と一体になる。


「風が心地いい……」


素直な感想を漏らすと、友が尋ねてくる。


「我が友ウィルよ。お前が山を下りるとは本当か?」


「どこでその話を?」


「山の仲間たちがささやいている」


「カーバンクルのリックだな。さては」


「あいつはおしゃべりだからな」


「たしかに」


僕が間接的に犯人の名を告げると、シュルツは真面目な表情で問い直してきた。


「して真実なのか?」


「…………うん」


やや間を置いて応えたのは、親友に嘘をつきたくなかったからだ。


「レウス父さんが言ったんだ。僕はやがてこの山を下りるって。やがて救世主というやつになるらしい」


「救世主か。たしかにお前のような男がこの世界に必要なのかもしれない」


「ごめんね。そうなるともう君たちを守れない」


「なにを小癪な。山を守っているのはウィルだけではない。この山には他にも猛者がいる」


「シュルツとか?」


「そうだ。俺は狼最強だ」


「そうだね。あとは熊のハチも強い。僕がいなくても山は守れると思う」


「いざとなったら神々に協力願うさ」


「そうだね。神々は人の諍いに参加しちゃ駄目らしいけど、動物はありかもしれないし」


「まるでとんちだが、実際、何度も守ってもらった」


「そうだね。僕がいなくなってもやっていける。……ちょっと寂しいけど」


「なあに永遠の別れじゃないさ。我々の絆は不変だ」


レウスのようなことを言うと、僕はシュルツを抱きしめた。


狼特有のゴワゴワした毛並みであったが、その下から漏れ出る温かさは心地よかった。


「……シュルツ、さようなら」


「……今生の別れのようなことを言うでない」


「たしかに。またいつか会えるよね」


「そうだ。世界を救ったあと、お前は再びこの山に戻ってくる。いや、救わなくても戻ってきていい。ここはお前の故郷なのだ。戦いに疲れたらいつでも戻ってきていいんだ」


「必ず戻るよ。世界の端から端を見たあとに。ここより良い場所なんて存在しないからね。戻ってきたときはシュルツもお嫁さんをもらっているはずだから、子供を僕に見せて」


「生意気なことを言うな。だが、まあ、それも悪くない。お前のお守りから解放されたら嫁を取る暇くらいもできるだろう」


「ヴァイスと結婚するんだね」


ヴァイスとは山にいる白い毛並みの狼である。シュルツとは幼なじみであるが、互いに意地っ張りでなかなか恋に発展しない。


「あのようなお転婆を嫁にするくらいならば熊でも嫁にするわ」


シュルツは気恥ずかしげに顔を背けると、身体を寄せてきた。


最後の別れ、僕の匂いを身体に染みこませるかのように身体をなすりつけると、別れを惜しんだが、その動作が途中で止まる。


シュルツは神妙な表情をすると、麓のほうを見つめる。


「――なにものかが近づいてくる」


僕も同じような表情になる。


僕はシュルツの鼻の良さに全面的な信頼を置いていた。


「なにものって?」


「分からない。おそらくは女だ」


「女?」


「ああ、人間のな」


「人間の女――」


言葉を詰まらせたのは、生まれてから一度も人間の女を見たことがないからだ。


山の動物の雌は見たことがある。女神も当然ある。しかし、人間の女は見たことがなかった。


このテーブル・マウンテンは神々が住まいし山、聖域であるから人間が近寄ってはならないことになっている。


人間の男は希に迷い込んできたり、あるいは意図的に侵入してくるが、人間の女がやってきたことはない。


それくらいこの山に至る道が険しいということでもあるが。


「……人間の女か。父さんたちに知らせたほうがいいかな?」


「それがいい」


と言うシュルツだが、僕は麓へ向かう。


「どうした? 知らせにいくのではないのか?」


「そう思ったけど、それは山鳥に任せる。僕はその女性を助けに行くよ」


「助ける?」


シュルツが不思議な顔をしたので説明する。


「今、魔法で聴覚を強化したら、金属音が聞こえた。鎧を着た男が複数、こちらに向かっている。彼女を追っているようだ」


「なるほど、しかし、男たちのほうが善かもしれないぞ」


「ミリア母さんは言っていた。女をよってたかって虐めるのは悪だって」


「なるほど、その原則を信じるか」


「うん、それにだけど、彼女が放つ心音、とても心地良いんだ。こんな心音を響き出せる女性が悪党のわけがない」


「この距離で彼女の心音を聞き分けたというのか?」

シュルツは驚きの表情を見せる。


通常、《聴覚強化》の魔法を使っても、この距離から人間の心臓の音を聞き分けることなどできない。


魔術の天才にしかできない行為であるが、ウィルはやはり天才なのだろうか。


改めて長年連れ添った相棒であるウィルを見つめると、シュルツは背中に彼を乗せ、走り出した。


風と一体になるかのように木々の間を駆け抜けると、そのまま山を駆け下り、女性のもとへ向かう。


シュルツたちが駆けつけると、白い法衣を着た女性と鎧を着た男たちが戦闘を繰り広げていた。

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