第13話 目覚め

 ある男が石造りの小さな暗室に監禁されていた。

 周囲には拷問器具が並んでおり、男は椅子に縛り付けられ身動きひとつとれないでいる。


「むぐっ・・・どこだここは。何をする気だ・・・」


「お前の魔術師としての能力をテストするのさ」


 男の目の前で、また別の男がそう答える。

 長身で端正な顔立ちをしており、髪をかきあげ若いエルフの族長みたいな風貌をしている。その男は、自らを"ダンジョンマスター"と名乗った。


「・・警戒するなよ。同じ悪魔同士、仲良くやろう」


 同じ悪魔・・・。つまり、目の前にいる男は悪魔であり、尚且つ自分が魔術師から悪魔に転生したウォーロックであることを知っているということだ。ダンジョンマスターというのがどのような悪魔かはわからないが、悪魔は自分より高位の悪魔には決して逆らえない。


「俺をどうする気だ。アンタの仲間に加われと?」


「その通り」


 ダンジョンマスターの目的は、なるべく多くの戦力を確保することだ。

 現在はダンジョンコアが仮拠点から遊離した状態なので、ダンジョンの拡張が出来ない状態でいる(一応、封鎖する前に仕掛けた裏口から給油することで魔力を分配、操作することは可能)。


 以前のダンジョン防衛では、結果的にダンジョンコアを奪われなかっただけで敵の戦力に圧倒され敗走させられた事実は変わらない。ダンジョンを取り返すために、今は戦力を増強しなければならなかった。


「なぜ俺がウォーロックだとわかった?」


「・・・"ニオイ"だよ。悪魔はよく鼻が利くので、お互いを認識しあうのに嗅覚を使う。高位の悪魔は姿を自在に変えられるからな」


「なるほど」とウォーロックの男は相槌をうつ。


 その頃になってようやく男は、ダンジョンマスターの話す雰囲気と纏う風格から、彼が自分よりも位の高い悪魔だと気が付いた。


 そしてしばらくすると、ウォーロックの男は自らの過去をダンジョンマスターに打ち明け始めた。

 今まで誰にも打ち明けられなかった罪の意識をこの者になら打ち明けられると感じたからだが、端から見ると悪魔が悪魔に懺悔をするというおかしな状況である。


 彼は元々は才能溢れる魔術師の一人だったが、学院の生活に嫌気がさして徐々に悪魔の術法を学ぶようになっていった。彼が学院生活を嫌ったのは他の生徒からいじめ被害を受けていたから。

 その後彼は、講師一人を口封じのため、いじめ加害者の生徒を復讐のために殺している。

 人の世界では生きられない罪人となった彼は、悪魔として生まれ変わるしかないと思った。罪を贖いこの世に救いを求めるより、この世から逃げることを選んだのだ。





「・・・」


 その頃フィオナは、一人庭園のベンチに腰かけて物思いに耽っていた。


 正直に言って、彼女は精神的に参っていた。

 周りから受ける嫌がらせと、冷たい視線に神経を使ってしまっているからだ。

 幼少の頃以来、久しぶりに兄にすがり付きたい気分だ。

 ただ、もう兄は死んでいるが。


 ベンチに横になってぼうっと空を眺めていると、空に巨鳥が舞っているのが見えた。

 大きな翼を広げは太陽を背にして飛び、どうやらこちらに向かってきている。


 逆光でよく見えなかったが、近づいてシルエットがはっきりわかると、それが鳥でないことに気付いた。

 大きな翼を携えた人間、いや悪魔だ。影の正体は、フィオナの真上まで飛ぶと翼を"分離"した。―――これも目の錯覚で、本当はもう一体の悪魔が抱えて飛んでいたようだ。


 悪魔はフィオナの目の前に悠々と着地する。


「・・・ようやく見付けたぞ」


「誰?」


「私はデビルロードと呼ばれる悪魔だ」


 悪魔は吸い込まれそうな灰色の瞳でじっと彼女を見つめる。

 自分より遥かに下等な生き物を見ているかのような冷たい目線だった。


「デビルロード・・・。悪魔・・・」


 彼女は悪魔に睨まれ身悶える。

 ただし、恐怖によってでなく、彼女が感じたのは謎の高揚感と期待感。そしてゾクゾクするような快感だった。


「あなたが・・・本物の悪魔・・なのですか?」


「おい人間。なぜそんな表情をする?私が怖くないのか?」


 デビルロードは、目の前の人間が見せる、かつてない反応に困惑した。

 彼が人間を見るときは、常に侮蔑的な視線を相手に向ける。そんなとき、大抵の人間は恐怖で怯むか、怒り狂うかのどちらかだった。


 一方のフィオナは、新たな自分を発見できたことに喜びを感じていた。自分が心の奥底で必要としていたものが何か、やっとわかった。


「悪魔さま。どうか私をあなたの僕にしてください!」


「・・・・ふっ。話が早くていいぞ人間の女。ただ覚悟しておけよ?悪魔の世界は厳しいぞ」


 デビルロードは学院内を魔眼によって監視し、仲間に引き入れるに相応しい魔術師を選んでいたのだ。そのときに、悪魔に転生するのに必要な器、そして忠誠心を見定めるのだが、どうやら彼女にはそれがありそうだった。


「勿論です。これこそ私が望んでいた世界なのですから」


 いずれダンジョンで悪魔に殺される運命なら、悪魔の側について生き長らえた方がマシだ。


 私は兄とは違う人生を歩むのだ。悪魔として―――。

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