第14話 覚悟を決めて

 学院から遠く離れ、深い森の中―――。


 悪魔の棲む場所は人間世界から隔絶された、光の届かない場所。簡単には辿り着けない、森の中の隠れた場所に入り口がある。そこから地下へ潜ると悪魔の棲む巣穴だ。

 どうやらそこは迷宮とは別の"仮拠点"らしいが、だからと言ってただの巣穴ではない。無作為に堀進められているわけではなく、計画的に作られているのだ。なにも考えなければ必ず迷うであろう複雑な構造をしていて、作り方自体は迷宮と同じ作り方をされている。また、巣穴はところどころ補強されてもいるので簡単には崩れないし、仮拠点といえど一応の防衛能力はある。


 迷宮には必ず、支配者である"ダンジョンマスター"と呼ばれる高位の悪魔が居座る。その権力はダンジョンコアと呼ばれる魔力の凝縮された結晶に裏付けられており、迷宮の悪魔はこのダンジョンマスターに絶対服従し、忠誠を誓わなければならない。

 魔術師フィオナは新たな配下に加わるため、そのダンジョンマスターのもとへ拝謁し、忠誠を誓うためにこの拠点へ連れて来られた。


「どうか私を悪魔に生まれ変わらせてください・・・私は人間であることをやめて悪魔になりたいのです」


「・・・いいだろう。お前に覚悟があればその望みは叶う。。」




 フィオナは既に覚悟を決めている。彼女は悪魔に忠誠を誓い、ウォーロックに転生することに決めていた。

 転生には苦しみが伴うが、これから人として生きる苦しみと天秤にかけて覚悟を決める。彼女はこれからの人生に価値など見出していなかった。

 

 人は簡単には悪魔になれない。なろうとしても本能が邪魔をする。人としての本能が自分を悪魔にさせることを止めるのだ。鼓動が早くなり息が荒くなって、身体中が悪魔になることを拒否する。しかし、狂気でそれを覆い隠し、何より覚悟があれば何事も成し遂げられる。死ぬことも悪魔になる事も。


 長い苦しみの後、彼女は生まれ変わることが出来た。




「・・・・はぁ。・・・これが、悪魔。この身体が・・・」


 姿形は人間のときとさほど変わらない。

 

 ウォーロックは元の魔術師の姿に近い姿のまま生まれ変わるのだが、肌が青白かったり、唇が紫だったり、目に隈があったり、頬がこけていたり・・・とにかく不健康的で、違うウォーロックでも似通った特徴を持つものが多い。

 インプのような小悪魔ほどではないが、ウォーロックはさほど高位の悪魔ではなく、むしろ低級魔の部類に入る。

 擬態能力はなく、学院に潜んでいたウォーロックはパウダーで血色の悪さを誤魔化していた。フィオナはもとの若い女性の姿をしたウォーロックで、注意して見なければ、ちょっと体調悪めの女性にしか思わない。


「ふっふふ。・・・私が求めていた世界に・・・やっと一歩目を踏み出せたんだ・・・これで、これで私は兄のようにはならない。生まれ変わったのだから!」


 彼女がふと足元を見ると、迷宮の通路を軟体動物に似た不気味な姿の生物が蠢いていた。

 

「うっ・・・何・・・?」


 どこから現れたのかもわからないが、その謎の生物は、縦横に角度を変えられる長い触覚を振り回しながら周囲を探っている。彼女の足元にその触角が触れると、その生物は反応を示した。

 動くたびに揺れるひだの間から、グロテスクな内臓が覗く。こんな生き物がこの世に存在するなんて―――。不快そのものだった。人間の世界にも、悪魔の世界にも存在してはならない異形の生物だった。


 彼女はその生き物がなにかわからなかったが、それが、「悪魔に転生できなかった"命の残骸"」であることを直感で悟る。


「悪魔になりそこなったのね・・・」


 彼女は、それまで受け入れるしかないと思っていた"運命"を乗り越える事が出来たのだ。

 この哀れな生き物を見て、彼女自身もそれを深く実感した。





 ウォーロックの仕事はダンジョン内に設けられた研究室で魔術の研究を行うことだ。フィオナを含め、ここには三人のウォーロックが研究を行っている。


 罠を使うにも、悪魔が戦闘を行うにも魔術は深く関係している。ダンジョンの戦力底上げにはウォーロックの存在が欠かせなかった。

 

 そして、その最低限の人員確保が出来たので、やっと基本となる戦力の獲得をするときが来た。と言っても、準備は終わって、後は魔鉱石の発見を待つだけだが―――。

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