第7話 催眠の罠

 さすがのデビルロードも敵の数に翻弄されていた。

 敵が多くの部隊に分かれれば、魔眼であちこちを索敵しなくてはならない。その上、適切なタイミングで、アークデーモン達に戦闘指示も行う必要がある。


 部隊の動きを把握することは重要だ。そうすれば、こちらも適切なタイミングで攻勢に出られるからだ。


 俺は魔眼を通して狙いを定め、魔力装置に接続された罠を作動させる。


「うわあ!」


「伏せろ!罠だ!!」


 ここで使ったのは、見た目にわかりやすい機械的なワナ(高速カッターなど)だ。人間はこういった罠に対して大袈裟に反応する。しかし、実際はただのこけおどしだ。このダンジョンに張り巡らさた真の罠は、人間を内側から腐らせて崩壊に導くものだ。

 その罠を使って、じわじわと、少しづつ敵の数を減らしていく。これが俺の作ったダンジョンの戦い方。


 敵が罠に陥るとき、ダンジョンはその者の精神に働き掛ける。

 ある敵の部隊の男が、ダンジョンの奥の隅をじっと見つめていた。

 すると、彼の目の前には細く長い、無限に続く回廊があった。

 ―――実際はただの暗がりを見つめているに過ぎなかったが。周りが行進を続ける中で、一人でそこに立ち尽くしていた。

 その内彼は、自分が動いているのか止まっているのかがわからなくなり、意識は肉体の支配を失った。そして、気づいたときには、彼は仲間に剣を向けていた――――!


「うわああぁ!お前、なんのつもりだ!」


「瘴気のせいだ!!」


「…悪いことは言わない、撤退だ。はやくこのダンジョンから出た方が良い!」


 下級兵らしき男がそう言うが、進軍は止まらない。


「いや、ちょっと待て。よく見せて。」


 部隊長は壁に描かれた隠れた紋様と、そこに埋め込まれている装置に気付く。そしてそこに原因があると察知した。


「…やっぱりね。よく見て、この壁。怪しいよ。」


 その通り、それは眩惑の魔術が仕掛けられた魔力装置の罠だ。

 ダンジョンマスターは魔眼を通して人間の群れを観察していた。それまでは単純に眺めていただけだったが、その一連の流れから装置に気が付いたその勘の鋭い部隊長に注意を払うことにした。

 魔眼を通して見たその隊長は、女の魔術師の姿で、エイダと呼ばれていた。


 ダンジョンマスターはインプたちに警告を送る。


「この状況で罠の構造を見破るとは冷静な奴だ。この女に注意しろ!」


「はっ!」


 しかし、見破られたとはいえ、敵の軍勢に与えた効果は絶大だった。


 人間は簡単に幻を見る。弱い人間ほど幻の中でしか生きられないということを、元人間であるダンジョンマスターは心得ていた。


 部隊は既に半数以上が壊滅している。


 ダンジョン攻略計画の指揮官であるレディットは、調査に聞いていたダンジョンの構造、機能が、実際のそれと全く異なることに驚いた。形相だけでは判断できなかったが、装置が起動を始めると、まるで生き物のように変容を遂げたのだ。


「…人智を超えているな」


「レディット様。ダンジョン中央に続く道が上級悪魔に塞がれてしまいました!人間に擬態する悪魔です!」


「アークデーモンか…」


「このままでは、コアに辿り着くまえに全滅か」


「……」


 単純な大きさだけでも、これほどの規模のダンジョンは他に見つからない。

 この迷宮を支配するダンジョンマスターは、これを実現するだけの膨大な魔力量を持ち、人間に理解できない複雑な魔術様式を理解していている。

 なおかつ、多くの悪魔を従える管理能力、カリスマに優れた人物(?)像が浮かぶ。


 食い止めておかねばならない―――。必ず。

 さもなくば、いずれ地下から這い出て、人類存続を脅かす厄災になる。


 罠を見破ったエイダ含め、一部の隊の戦力には余裕があった。

 しかし、レディットは慎重な男であり、ここで一度態勢を立て直すことにした。


「全隊長に告げろ。総員撤退だ…!」

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