第6話 防衛開始

 奴は本当に鉱床を見つけたのだろうか。

 もちろん、ありえない話ではない。俺だって、小さな魔鉱石とは比較にならないダンジョンコアを見つけている。これこそ奇跡だ。

 インプがダンジョンマスターである俺への忠誠と天秤にかけて利己的に行動するというのも信じがたい。奴がわざわざ交渉をしかけ結晶ひと欠片だけを手に入れたのは、下級の悪魔としてダンジョンマスターの利に反するような勝手な行動を起こすことはできないからだが。どちらにせよ、あの振る舞いは従順なインプらしくなかった。


 今はダンジョンの外にいるだろうから、デビルロードの魔眼で監視することも不可能だ。俺はサタナキアのことはなにも考えず、黙って待つことにした。

 それよりも、もっと考えを巡らせるべき、大きな問題が発生したのだ。それも、ダンジョンの存続に関わる重大な問題が。立て続けに二つ。



 俺はダンジョン拡張に際して、あるミスを犯してしまっていた。インプにダンジョンを無作為に広げさせすぎて、一部エリアの地質が不安定なことを見落としていたのだ。インプたちは従順だが、ときに暴走にも近い無茶な行動を起こす。俺にとっては可愛いインプたちだが、それでも悪魔だ。数が多ければ俺とデビルロードでも管理しきれないことがある。

 気付いたときには穴は広がり過ぎていて、その地域のエリアはバランスを失って崩落してしまった。


「私の失態です。魔眼でよく調べていれば、こんなことには…」


「構わん。それより結果を教えてくれ」


「はい。コアのあるセントラルエリアには届いていません。しかし、第二エリアと第三エリアの連結部から、第四エリアの半分までが塞がれています。」


 ダンジョンは拡張の段階毎に同心円状のエリアに分かれている。第二、第三エリアはダンジョンコアの防御施設、その他、主要な魔力装置の基幹部分がある。第四エリアの重要性はさほど高くないが、被害範囲は一番大きい。


「ダンジョンは三十%ほど縮小したものと思われます。取り残された装置から魔力総量も同じ割合減少していると考えていいでしょう。」


「なんてことだ……」


 魔力総量が減ってしまったのはこの際だから仕方がないとしても、中心部に近い主要な通路が塞がれてしまったのは痛手だ。インプたちの仕事の効率が下がってしまうではないか。


 くそ。やはり、すべてが順調とはいかないか。なにか対策を考えなくては―――。


 そのとき、一匹のインプが報告にやってくる。


「ぎゅぴぴー!(ダンジョンマスター様。また侵入者です)」


「また人間どもか?懲りないな。まあいい、また捕えて悪魔として生まれ変わらせてやる」


「ぎゅぴ(そ、それが…)」


 インプは、ダンジョンマスターである俺への敬意と、緊急事態を伝える焦燥感がミックスされて半分パニックに陥っている。

 これでは話にならん。俺は催眠の魔術でインプを沈静化させる。


「……落ち着いて話せ」


「ぎぴー…(……は、はい。申し訳ありません。侵入者は前回と比較にならない巨大な軍勢で押し寄せてきています)」


「デビルロード。なぜ報告がないのだ」


「私はまたしても失態を犯しました。…どうやら、奴等は透明化の魔術を使い、私の魔眼の索敵から逃れていたようです」


 人間の軍勢がダンジョンに侵入か。

 急転直下の出来事だが、焦りはない。ダンジョンマスターの仕事には、心の準備というものはないのだ。

 

 しかし、「意表を突かれた」とは思わない。全て予期していたことだ。だからダンジョンの拡張、強化を早急に進めていたのだから。


「そうか…。やはり時間が足りなかったか。…わかった。相手がその気なら応じるしかないだろう。私が直接インプたちにダンジョン防衛の指示を与える」


 俺がそういうと、二度にわたる失態で、信頼を取り戻そうと意気込んでいるデビルロードが申し出た。


「いえ、ダンジョンマスター様。それには及びません。指示は私にお与えください。インプたちを統率するのは、私のしもべたちに任せても十分です」


 デビルロードはそういうと、その場に4体の"アークデーモン"を召喚した。

 アークデーモンは、デビルロードの高い魔力を継承した悪魔で、主と同じく戦闘能力が高い。


「私の召喚した悪魔ですから、離れていても私と相互にやり取りできます。知能は低いですが、命令には忠実です」


 にしても、上級悪魔であるアークデーモンを一度に4体も操るなんて…。相当な魔力消費量だろうに。さすがは俺の眷属。と、言いたいところだが、コイツ、明らかに無理してるな。


「いいだろう。だが残存魔力に注意しろ。必要に応じてコアからの供給も許可する」


 侵略にきた人間たちは、まず先遣隊をよこしてダンジョンの構造を調べたりだとか、罠の解除に尽力した。

 俺は魔眼を通して観察していたが、彼らの手際の悪さや思慮のなさを見て逆に心配になった。


 そんな簡単な調査でこのダンジョンの構造を理解できるはずがない―――。

人間どもはこのダンジョンを見て驚いたようだ。奴等にとっては我がダンジョンは未知の世界であり、ここには魔力装置など、未知のアーティファクトが至るところに点在している。装置にはそれぞれ莫大な魔力が込められており、高度な魔術方式によって制御されていて、人間には扱えないものが殆どだ。


 このように、各所に張り巡らされた魔力装置は、コアから供給される魔力によって駆動するある種の器官のように振る舞う。

 魔力の運搬は、血液の循環のように常に動的に行われていて、最も魔力を必要とする器官は"脳"の部分である俺自身と、"骨格筋"としての配下の悪魔達を使役する魔力などだ。


 魔力量とそれを扱う技術が優れていても、問題は相手の数だ!

 敵は一国の軍団レベルの数を有している。デビルロードからインプの部隊編成が完了したと報告をうけたが、俺は上の空で返事をした。

 

 コアを守る最終防衛施設など、"オフ"にできない魔力装置を除いて、俺が利用できるのはコア満タン時の二十%ほどの魔力にすぎない。その内、戦闘に使える可能性があるのはおそらく五%以下だろう。

 いざとなれば、戦闘にだけ魔力を振り切ることも可能だが、そうなればダンジョンの機能停止、さらには崩壊まで起こる可能性もある。


「どうにか持ちこたえるしかない…」

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