第14話 剣を奮う少年


 私は逆風を浴びるように、終点へ向かった。


 君は不甲斐ない出で立ちで、高千穂の峰がある、南の方角を見つめていた。



 あの高千穂の峰には天逆鉾(あまのさかほこ)といって、太古の剣が頂上に突き刺さっているのだ。




 剣とは少年が培う、生への力だ。


 明日への魔力だ。




 君はこの湖で何をしよう、と企んでいるのだろう。


「ほら、こんなにも白い雲も流れている。――僕は空になりたい」


 君は突然、気でも触れたように踵を返し、その頼りない姿を晒し、私に向かって、そっと敗者のような微笑を送った。




 制服のワイシャツのボタンを、弾き飛ばすように下ろし始め、透けそうな下着の裏側から媚びるように素肌が露わになった。


 そのなだらかな下腹部にも、多数の痛々しい擦り傷があった、事実に私は本能的に戦慄した。


 こんな見えないところまで傷をつけて。


 こんな深いところまで、傷を隠したつもりになって。




 後方から浴びた、斜陽が微粒な砂金のようにちらつき、君の虚像もゆっくりと写し取っていた。


 見境もなく激情をほとばしらせて、本当に馬鹿みたいだった。


 結局、君はただ、誰かに構ってほしいだけなんでしょう、と仕切りなしに責めたかった。




 君はただ、誰かに見初められてほしいだけなんだ。君は愛想笑いを周囲に向かって、ひたすらに振りまいているだけなんだ。




 いちばん、自分自身を偽っているのは紛れもない、私に繋がる君。


 水際まで私は辿ろうと足は動いていた。


 あと一歩のところで、水中に踝まで浸かってしまいそうな、立ち位置になるまで、お構いなしにじりじり、と手繰り寄せる。




「真君、待ってよ! 私も行くから」


 セーラー服がびっしょりと濡れるなんて、委細構わず、私は君が立ち尽くす、水際まで飛び込んだ。


 浅瀬に名前を知らないような、小魚の群れがゆらゆらと濁った、水草と戯れながら泳いでいる。


 砂礫が靴底に当たり、ぐしゃぐしゃと微妙な、物音を鳴らし回る。




 まるで、生きたくない、と深く、深く嘆いているかのようだ。


 御池の浅瀬は溶解したエメラルドグリーンの水滴のように、碧い水面をもたらし、何となく、九月も中旬に差し掛かりつつあるのに、変に生ぬるかった。




 ここで水浴びでもしたら禊ができるのか、見当も尽かない。


 震える君を阻止しながら、何をやっているんだろう、と思わない、私もいないわけではなかった。


 ここでありきたりな心中なんてやってのけたら、楽になれるだろうか、と私はほろ苦い、くしゃみをする。




「死なないで。私は知っているから」


 君の面影は迫りゆく、夕闇のせいであまり、見えなかった。


 君は肩を震わせ続けていたものの、両手は震えてはいなかった。




「生きるって?」


 凍えたような声はとても小さい。


「生き続けない、といけないときもあるの。だから」


 ここで禊をした皇子さまも、何を思われ、何を悔まれ、何を故郷に置きお忘れになり、立ち去られた、その太古の朝焼けから、この月を呼ぶ、湖は見守ってきたのだろう。


 靴底に大量の水が入り、セーラー服のスカートの裾も濡れ、ぬかるみ始めていく。




「もう、私のために死なないで。だから」


「……好きだよ。この湖でキスし合う恋人のように」


 君は震える肩をずっと、我慢していたかのように力を弱め、私の耳元で静かに囁いた。


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秋日影少女 白秋少年、彼岸花と死の旅路を乞う。 詩歩子 @hotarubukuro

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