第10話 夢想対話


 彼岸花は朽ち果てた、言の葉を弔うように、私のスカートの裾にその御身ごと、触れた。


 境内に誰もいないのが不幸中の幸いだった。




 ここはとても小さな公園だけど、その皇子さまを祀る小さなお社も建立されているのだ。


 誰か、奥深い宮中で、雨夜の品定めの囁きを覗き込む、従者のように私たちを窺っていないか、気にはなっていたものの、いざ、その囁きを知れば、私はどうでも良くなった。




「この腕、すごく痛むんだ。軽く掠っただけなのに」


 染め絵のように光る、茜色の傷は夕映えと見つめ合っていた。


 お伽噺に心を揺さぶらなくなった日はいつからだろう。




 お父さんから何度も、同じような昔話を聞いては夢想し、荒れた庭に佇む、青い天人唐草や白詰草、ぺんぺん草や仏の座を見ては空想に耽り、幼子らしい、淡い夢へと駆けて行った。


 行く宛てのない幻影を抱く、深い春の隅で、小さかった私は、花影の中に魔法の杖を自在に操れる妖精や、千の国を旅する皇子さまを案内する、顎鬚を蓄えた賢人、内側の裳裾から照り輝くような袿を身に纏った、お姫さまがきっと存在する、と思っていた。




 少女ならば、一度は必ず通る道だろうか。


 幼かった私は本当に少女らしい、少女だったわけだ。


 大の大人が思わず、微笑むような、可愛らしい空想話でも耽っていけば、寂しい昼下がりも決して、退屈ではなかった。




 あの頃の私はこの古跡にはまだ、いるんじゃないか、とさえ、思える。


 まだ、そんなに年月が経っているわけでもないのに、お前は子供じゃないんだ、と堅牢な司令塔で誰かから、ピンを弾くように操られている。




「癒すだけでいいの?」


 ここは古墳の丘の上にある、墓所でもあるのだ。


 死者が慄く、彼岸花が競い合うように咲き誇る、松蔭で私たちは死者に何を告げるのか。


 薄暗い座敷で『死者の書』を広げ、シタ、シタ、と水の音の、淋漓たる闇の中で何を思うのか。




「君が癒してくれれば」


 君は私の両腕を離し、小さくはにかみながら頷いた。


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