#12 魔物の国

「君が謝ることではないよ」


紳士は無力を悔いて謝る俺を励ました。


「単なる私の無力だ。レオを守れなかった、私のね」


「でも…」


拳を握り締める俺に、「意外だね」と笑った。


「もっとクールな子かと思っていたよ。本当は懐が広くて暖かい。だから勘のいいあ

の子は君に心を開いたんだな」


紳士は納得した様子で、紫色の渦巻きが渦巻く黒板の前に立つ。レオが連れ戻された

正界への渦に入ろうとして、立ち止まる。


「正界と負界、のことは知ってるよね? 正界が滅魔の国で」


「負界が、魔物の国」


「そう。そしてあの子は、負界に生まれ、8歳のころまで負界で育った」


「えっ」


「彼が生まれる前、父親と母親が魔物に連れ去られた。魔物の集落から少し離れた負

界の隅で。人間の口には合わない食べ物を食べ、雨風を凌げない家屋を建て、家族以

外の誰もいない寂れた断崖の近くで、住み続けた」


あの無邪気なレオの顔を思い出す。小さなチューリップの花に心を躍らせた少年の顔

を。


「そして殺された」


サモンさんの表情が暗くなる。


「正界の過度な侵略で負界の領地が狭くなり、魔物陣営が負界全体の領土を都市化さ

せ始めた。それに伴って、やってくるはずのない魔物がレオの家を見つけ、まずは父

親、次に母親を食い殺した」


息が乱れていることに気付いた。目の前の引率者も、俺も、隣にいる黒江も。


「そしてそれを、当時士官学生だった私は見ていた。何もできなかった。5メートル

ほどの大きさの魔物を前に、戦うことすらできなかった。涙を流す小さな少年だけを

抱えて、正界へ逃げた。私は、あの子の親代わりをすることが唯一の罪滅ぼしだと確

信し、ソロモン家での評価も名誉をも捨てて、あの子を引き取った」


「知らないんだけど、そんなの…」


名家にいるはずの黒江も知りえない情報だった。


「正界の悪習として、負界で生活をした、負界の食べ物を食べた、魔物と有効になっ

たものは、総じて『正界の穢れ』と呼ばれ、レオは学校でいじめを受けた。本人は僕

にそれを隠そうと必死だった」


サモンさんは黒江を一瞥した。


「ルナさんたちは、これ以降の噂なら聞いたことがあるよね? 彼が、正界の問題児

だと言われている」


「…はい」


「レオは、穢れと呼ばれて、ずっと1人、いじめを受けてきた。やがてそれが爆発し

て、自分が悪だと認識した存在を気が済むまで殴るようになった」


声が出なかった。耳を塞ぎたかった。


「私が『穢れの引率者』として滅魔の同僚からほんの少し笑われただけでも、レオは

その滅魔の骨を数本折った。中級滅魔ではあの子を止められず、上級滅魔が肩を脱臼

させてようやく場が収まった」


紳士が拳を固めてガタガタと震える。


「あの子にも才能がある。滅魔として、正界の平安を守る力が。人を思いやる優しさ

が。正義感が。私が強くないから。あの子の才能について行ける力がないから」


滅魔名家の人間は成人なら例外を除いて、最低でも中級程度の実力があるらしいが、

少年のレオはすでにそれ以上の力があるのか。


「キフク!!」


その時だった。背後から、今最も会いたい人物の声がしたのは。


「よっ」


隣のラグナ・マーリンとともに現れたレオは、後ろめたい表情で弱弱しく俺を見た。

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暴き—魔物を殺す、20の質問— ヒラメキカガヤ @s18ab082

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