第45話 伝えたいことは最初に言ってるよ

「あら? カナコちゃん。ずいぶんと人間らしくなったじゃないの」


 クワミさんが俺たちを見つけるなり、どこか楽しそうに言った。


 あれからのことはよく覚えていない。

 何が起きたのか。

 どう転んだのか。

 土の匂いがするってことは、今俺たちがいるのは里山ってことなんだけど。

 何がどうなって、今、里山の朝を迎えてるのかわからない。

 

 覚えているのは、カナコの緑色の瞳から流れるひとすじの熱い涙。


 あの時。

 木掛さん。

 カナコ。

 そして、俺。

 互いの心臓を結んだエメラルドグリーンに輝く光の線は、太く、強く、枝分かれして、眩い光の渦となり、繭のように俺たちを包み込んだ。

 その光が全てを覆いつくし、そのまま意識を失う刹那、カナコは俺にだけ聞こえるように、こうささやいた――


 *


 あのさ。


 基本的にノープランだったのね。

 あの事故のあと、突然、夢衣ちゃんの心のなかに乗り移っちゃってさ。


 マジって思って。


 そんでもって、すぐに髪型も服装もわたし色に染めて。

 今まで、ずっとわたしを助けてくれたあなたのもとに。

 会いにいってみようかなって。

 ほんとにただそれだけ。


 でもさ。

 いざ会ったら、そんなに揉むかね。

 右も。

 左も。

 笑っちゃうぐらい。

 ともさ。


 ……っぷ。


 でも、やっぱり初めて会ったときの印象と変わらないな。

 改めてこう思っちゃった。

 わたしはね。

 あなたが。


 好き。


 かな――


 あれからね、夢衣ちゃんと話をしたの。

 そしたらね、意外なほどあっさりオッケーだって。

 なんか、この一ヵ月半楽しかったんだって。

 今まで経験してないことばっかりで。

 でも、急に今までの自分に戻るのは怖いから、わたしに居候してもいいよってさ。


 ああ、心配しないで。

 夢衣ちゃんの体をそのままわたしが乗っ取るなんて、ホラーな展開はないからさ。

 虫って、儚い生き物なわけさ。

 妖精だろうが、なんだろうが同じ。

 これ以上は言わないよ。

 徐々に、体も心もひとつになって、本当に生まれ変わった人生を歩むってことよ。


 じゃあ、もう一回出会った頃のように繰り返すよ。


 わたしの名前は――

 カナコ。

 正真正銘のカナブンの妖精。

 初めから名前なんてなかったし、誰も名付けてくれなかったから、自分でつけただけ。


 ただのカナコよ。

 つまりね、名付け親はわたしなのさ。

 あ、そうだ。

 良いこと思いついちゃった。

 これからは――


 多田野 カナコただの かなこにするね。

 どうよ?

 より人間ぽくって、いい感じでしょ。


 これからは、

 古賀根夢衣ちゃんと

 多田野カナコ


 どっちでも好きな方で呼べばいいよ。

 二人は同じだから。


 でもね。

 一言だけいっとくよ。

 わたしはコガネムシじゃないからね。


 *


 唇に柔らかい感触を感じた。

 えへへっという照れ笑いとともに、甘い味が口の中に広がる。

 初めてのキスはどんな味かと問われれば。


 それは――


 コーラ味。


 と、言っておく。


 今になって、少しだけ理解できたような気がする。

 何で俺たちのもとにカナコがいきなり現れたのか。

 ぶつかることを怖がって、ひっくり返ってもない、

 情けない大人こどもたちが住む現実社会に紛れ込むのは、

 子供が呆れるぐらいのファンタジーが丁度いいな。




 物語はエピローグへ――

 三人の結末。

 でも、最後に何かありそう?

 さあ、ラストはどうなる?

 残り2話。

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