第38話 その想いはウソ

「で、電話だ」


 俺は逃げ場を見つけたように、ポケットに入れたスマホを取り出した。

 着信画面に、『木掛優』の文字が映る。


 き、木掛さん!?


「出ないで」カナコは、憮然と言い放つ。「ずっと木掛さんばっかじゃない」


 そのまま鳴り続ける俺の着信音。間抜けな音だけが、静まり返った部屋に鳴り響く。

 もう、どれくらいレベルアップしたのだろうか。人間的にはレベル1のまま、何にも成長してはいないのだが。


「なんで、エイジさんの恋を叶えてあげるって言ったんだろうね」

 自分に呆れたようにつぶやいた。初めて見せたその素顔。その感情。思わず俺は訊いてしまった。

「どうして、俺と木掛さんをくっつけようとしてくれたの?」

「……なんでだろう。自分でもわからない。でも、エイジさん、なんか困ってたし。なんか寂しそうだったし。暇してたし。覇気がなかったし。冴えない感じだし。もてなさそうだし」

「てゆうか、どんどん俺の悪口になってないか」

「まあそんな感じ? わたしも100万回近く助けてもらったし」

「盛りすぎだろ」

「今度はわたしが……かな」


 その答えとかぶせるように、カナコから強く抱きしめられた。

 一瞬、息が苦しくなる。

 どうすればいい。何も考えられない。頭の中が空っぽになっているのか、煮詰まっているのか、脳みその密度も自覚できないほどの動揺が襲う。

 しかし、この時間は長くは続かなかった。

 カナコは「ふっふっふ」と静かに笑いだす。

 さっと潮が引くように、その笑いの意図するものがわからず固まっている俺を横にどけた。



「うっそよ」



「う、え?」


「騙されたってやつ? わたしってば、あの映画を見てから、結構演技ってやつを勉強してるわけさ」

「な、ん? ど、どういうこと?」なんだ、その急ハンドルは。

「なんかね、試したくなったわけよ。ちょっとエッチっぽくエイジさんに迫ったらどんな反応するかなって」勝ち誇ったように舌をだす。「圧勝ってやつ? どきどきしたでしょ。自分の魅力ってやつを再確認できました。わたしってば、なんだかんだで可愛いもんね」

「お、おい、なんだよ」

「あれ? てゆうかドキドキしなかったの?」


 怖い顔で見つめられて念を押された。


「ま、まあ、ドキドキしたけど」と素直に答えるほかない。

「ふーん、そうなんだ」嬉しそうにニヤニヤする。

「な、なんだよ、急に」

「いーのいーの、エイジさん素直に認めちゃったね」

「いやいや、認めるって」

「いいからいいから、いい年して素直じゃないって、それはそれでカッコ悪いと思うな。恥ずかしがらずに言っちゃいなよ」ほれほれと揶揄うように口を尖らせる。

「な、何を?」


「カナコちゃんが可愛すぎて、俺ってば興奮したっすって」


「てゆうか、俺はそんな言葉遣いしないし」

「なんかエイジさんって、こんな感じで女の子から迫られた経験もなさそうだし?」

「ううっ」図星なのだが、超上から目線に苦笑するしかない。

「あっ! この前の映画館の時も当然演技だからね。勘違いしちゃノンノンよ」

「うえっ、あの時からかよ」


「そうよ。いざ木掛さんとこんなシチュエーションになったら、不審者みたいにきょどっちゃうでしょ? そんな姿見せてみ? わたしなら引くね。ダサっ、ヘボっ、カスって」


「いくらなんでもカスとは思われないだろっ」


「だから感謝してよね。恋の指南役としてユウシュ―でしょ? 手間暇かけて、ろーるぷれいやってあげたわけだし? まあ、報酬はコーラでいいけどさ」

 カナコは勝利の笑みを浮かべて、俺の胸を叩いた。

「じゃあ電話に出ていいよ。木掛さん待ってるし」


 そう言うと、カナコは俺に手を差し出す。起こしてって意味だ。釈然としないまま、カナコの求めに応じて手を握り上半身を起こした。同じ目線になると、ふんっと目を逸らす。そのまま自嘲めいた笑みを見せると、すくっと立ち上がった。


「もう、帰るね」


 短く別れを言い残したあと静かに玄関へと向かい、そのまま振り返りもせずに部屋を後にした。


 カナコの柔らかな感触が胸に残る。

 その甘く柔らかいぬくもりがいつまでも尾を引く。


 なにが正解なのか、どうすればいいのか、頭が混乱している。だが、今はこれしかない。

 俺は鳴り続ける着信に出た。


「も、もしもし」

『……』


 木掛さんは無言だ。


「ど、どうしたんですか?」

 妙に緊張してしまい声が上ずってしまう。

『駅にいます』

「駅? どこのですか?」


 彼女からは山城駅の名前を告げられた。今まさにここにいるという。

 いやいや、もう夜の十時だぞ。

 何かの会話の中で俺が住んでいる場所を教えたことがあるけど、なんで突然こんな場所まで。


「どうしてそこに?」

『わ、私の話を聞いてくれますか? あなたに伝えたいことがあるんです』

「俺に?」

『今すぐ伝えたいと思って、おも、思わずここまで来てしまいました』


 今、気が付いたことだが、木掛さんとスムーズに会話が成立している。軽く感動(だいぶ失礼だが)を覚えつつ、布団から跳ね上がる。


 木掛さん――実は俺も伝えたいことがあるんです。まだ、俺の気持ちを伝えていないんです。あの時、『彼氏いるんですか?』からの誤解を解くための、なし崩し的な告白めいた絶叫しかしてないんです。


 どうしても、あなたに伝えたいことがあるんです。


 出会った時から、ずっと胸に秘めていた想いが――。


 決意を胸に勢いよく立ち上がる。気合を入れるため、常時冷蔵庫にストックしているエナジードリンクから、カフェイン(集中力を高める)、ビタミンB群(脂質・糖質の代謝促進、タンパク質の合成などなど)を摂取して……。


 いやいや、こんな馬鹿なことを考える前に急げ。


 俺は力の限り腕を振って、彼女が待っている山城駅へとひた走った。



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