第24話 木掛優ズ・ショー

 俺と木掛さんは紆余曲折あったものの、和やかに世間話を交わしながら水族館に辿り着いた。


 今日の木掛さんは、いかにもな清楚女子って感じの服装をしている。

 涼しそうな白いカットソーに、濃紺のスカートと青いサンダル。

 2トーンでまとめた落ち着いた雰囲気もありながら、全体的にふわふわした格好で少し幼く見えた。

 受付嬢をしている時は会社の制服を着ているため、私服姿は新鮮で、それを拝めただけでも特別な喜びを感じてしまう。そんな心地になってしまうのは、やはり彼女たちの存在が大きい。


 俺は感じている。

 どこにいようとも、何をしようとも、彼女たちの熱い視線を。


 木掛さんから視線を逸らし、わずかに斜め後ろを振り向く。そこには、木掛さんと同じく2トーンカラーの彼女たちが視界の片隅に発見できた。

 2トーンとは二人で一組という意味だ。

 緑と黒の2トーン。

 常に監視されている気がする。

 気のせいだろうか。改札口でも、木掛さんと合流した喫茶店でも、彼女たちの熱い視線を感じていた。


 悪い魔女によくない呪いをかけられているのでは……。

 思わず全身の産毛が粟立つ。深く考えるのはやめて、再び視線をもとに戻すと、木掛さんは恥ずかしそうにはにかむ。



「普段、安いのしか着てないから無理しなくていいですよ」



 えっと……。うん、よくわからん。

 とりあえずこの場は、「で、ですよね」と笑うのが一番。

 そんな引き攣る笑顔に木掛さんはくすくすと口元に手を添えて、


「営治さんって心配性ですよね」と決めセリフ。


 こんなやりとりが終始行われた。

 最後は必ず俺が心配性という設定になり幕を閉じる。


 なんだか、甘いやりとりなのか、雲をつかむような会話なのか、正直自分でもよくわからない。恐らく、デートがOKだから、彼氏らしい存在はいないはず……。


 今まで色々な男から声をかけられてこなかったのかな。彼女は掴みどころがない奇妙な魅力に溢れている。それにはまってしまったら、もう最後。二度と抜け出すことはできない。蜘蛛に搦めとられた羽虫のように、恋の巣の虜になってしまう。


 例えば、こんなふうに――

 展示物が変わるたびに、彼女の様々な姿が切り取られていった。


 入館してすぐ現れるサンゴ礁の海を見て――


「このチンアナゴって面白いですよね。なんかうねうねしていて、ミミズなのか、アナゴなのかよくわからないし」

「ああ、大丈夫ですよ。こう見えて私、結構ホラー小説とか読んだりしてますから」


 ……ははは。


 生命の躍動コーナーでの一幕。

 色鮮やかな大小の熱帯魚と、少し大きな魚が同居するエリアでは、


「ナポレオンフィッシュって、すごい顔していますよね。もしかしたら、一緒に泳いでる魚たちも、この顔にびびって逃げ出しているのかもしれませんね」

「えっと……。営治さんが優しいのはわかるんですけど、ま、まだ早いと思いますよ……」


 ……ははははは。


 ハイライトである中央に設置された巨大なラグーンを前にした俺たち。

 巨大なマンタと愛嬌たっぷりに笑ったトラフザメが優雅に回遊。大小様々な魚の群れが、その間を縫うように泳ぐ。その圧倒的な海の競演を前に、


「やっぱり迫力ありますね。でも不思議なんですが、ここの魚たちってこんなに密集して泳いでるのに、ぶつかったりしないんですよね。どういう仕組みでこうなっているんですかね。本能ってやつですかね」

「営治さんって、何か資格とか、仕事の合間に勉強してるんですか? すごいですね。私なんか仕事から帰ったら、だらだらとマンガしか読んでないですから。そういう努力家なところってなんか憧れちゃいますね」

 目をぱちくりしながら尊敬の眼差しで俺を見つめてくる。



 ……はははははははははは、は?



 彼女と俺のかみ合っているようで、かみ合っていない会話が延々と続く。


 ずっと、この調子では自分が正しいのか、間違っているのか不安になる。出口のない迷路に入り込んで、常に浮遊した感覚に襲われる。正直、話についていくのがやっとだ。そんな俺の心を理解しているのかしていないのか、相変わらず木掛さんは可愛らしい笑顔を向けてくる。


 お決まりのセリフ「営治さんって、心配性ですね」のフレーズとともに。


 おれ……そんなに心配性なの?


 彼女は俺とのデートを楽しんでいるのだろうか。


 ……てゆうかそう思いたい。


 煙に巻かれている、弄ばれていることはないはずだ。その証拠に、心なしか二人の距離が物理的に近づいている。

 人込みに押されるように木掛さんと肌が触れ合った。一瞬だが、その白く柔らかい素肌の感触に全身が包まれる。


「あ、ごめんなさい、ぶつかっちゃって」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ここって人気ですね。休日だとこんなに混んでるんですね」


 せっかく触れ合った機会を逃したくない俺は、近づいた距離を保ちつつ館内を歩く。木掛さんも、俺と近づくことがイヤではなさそうだ。彼女も俺と距離を取ろうとしない。


 初めてのデートにしては、結構いい感じなんじゃないか? 


 このままいけば、①水族館➡③は、はい(木掛さん)の成功確率は高いのでは?


 いや、更にその先の――

 キスとか、ハグとか。

 そんな先の未来まで妄想していると、


「邪魔」


 鼻の下を伸ばした俺に冷水を浴びせる輩が現れた。背後から二人の間に割って入って強引に直進してくる。

 館内の薄暗い照明でも一際目立つ、その存在感。

 カナコとクワミさんだ。


 カナコは去り際、ちらりと俺をみて「ふん」と鼻を鳴らす。もう一人、クワミさんはその黒い衣服のせいもあり、完全に闇と一体化していた。

「うふふっ。クソ楽しそうね」と妖しげに微笑み、クラゲコーナーへと溶けていく。


 再び一定の距離まで引き離された俺と木掛さん。


 木掛さんは、ぶつかってきた二人に怒るでもなく、


「もしかして、彼女たちは暑いから水分摂りすぎちゃったんじゃないですかね」


 ひそひそと俺にだけ伝わるように囁いた。

 どこまでも純粋なその瞳に嘘はない。


 うん。よくわからないけど、きっとそうなんでしょう。

 と。

 胸の内で思うのみ。



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