最終話 見つけたものと失ったもの

「あら、もうこんな時間だ。もう寝ようか、舞。」 

 目覚まし時計に目をやったお祖母ちゃんは、あわてて枕元の灯りに手を伸ばした。 もう夜中の一時を過ぎていた。

「えええっ、おばあちゃん、お話し、まだ途中じゃない。

 それからどうなったの?その錠前の錠は、みつかったの?

 あの、老人ホームのお爺さんは?山じじ様ってなんだったの?」

 わたしはお祖母ちゃんの話しに引き込まれ、眠気も吹き飛んでいた。

 ちょっと眠そうなお祖母ちゃんは矢継ぎ早の質問に、伸ばした手をひっこめた。

「続き、聞きたい?」

「うん。そりゃあもう。おねがい。」

 おしまいまで聞かせてくれなくちゃとても眠れやしない。


「そう、錠前の錠はね。

 さんざん探し回ってなかなか見つけられなかったんだ。

 明け方になって、外灯が消える頃、茜は最後にまた鍵に祈ったのよ。

 『もうどこにあるのかわからない。お願い。教えて。』って。

 今まで別の世界や人の夢の中に連れていく鍵が、錠のありかを示してくれるのか疑問だったけど、もうわらをもすがる思いで祈ったの。

 そして鍵を池にかざしてみたら、ぼんやり、かすかに見えるか見えないかくらいに光るものがあったの。

 夜の間は月のない闇夜だったけど、釣堀の外灯は明るくて、それが邪魔していたから見つけられなかったんだね。

 

 最初に立っていた小川の流れ込むあたりに、ぼーっとかすかに光るものが見えたんだ。

 茜のお父さんは、小川なんて記憶になかったから、そこ、見落としてたんだ。」

 そうして、やっと見つけた達成感と一晩中探し回ってくたびれ果てたのとで、ふたり小川のそばの林の中で眠ってしまって、目が覚めたときにはお日様が高く昇っていた。その日釣堀が定休日だったからよかったけど、係の人に見つかったら大変なことになるところだった。

 家に帰ってからは親子で、その錆の固まりだった錠を磨きに磨き、すぐに戸継先生のところに持っていった。それは夏休みに入る前の日だった。


「これで、このお話はおしまい。」

「えっ、それでおしまいなの?」

「そう、おしまい。めでたしめでたし。

 さあ、寝よう。おやすみ。」

 お祖母ちゃんは有無をいわさず灯りを消した。

「えええっ、そうなの・・・」

 わたしは何だか腑に落ちないままで、やっぱり眠れそうになかったけれど、それでもこんな時間まで起きていることがなかったから、すぐに眠りに落ちていった。

 夢を見ていた。

 ヒョウタン型の池や、月の模様の錠前が光り輝いている。

 森の中を小さな男の子と着物姿の女の人がさまよっている。長い白髪と白髭のお爺さんたちが、まあるい光の輪の中にぽっかり浮かんでいる。

 そんな夢だった。

 

 しばらくすると、夢の中に、誰かの話し声が入り込んできた。

「・・・久しいのう、・・・いたのだな、おまえさん・・・」

「はい、・・・それは、もう・・・」

 すぐ近くから聞こえてくるそれは、お祖母ちゃんの声のようだった。

 きっとお父さんと話しているのだろうと思ったけど、

「そうかそうか。忘れられなかったというわけかのう。

 それはちと、酷なことじゃったのう。

 それに、物語るということは、そこにかつての命を、よみがえらせるものじゃなあ。

 お前さんの語りによって、また、わしはよみがえってきた。」

 もうひとりは聞いたことのない、低くいしゃがれた声の、すごく年を取った人のような話し方だった。

 これはお父さんじゃない。お祖母ちゃんはいったい誰と話しているのだろう。

 

 そして、灯りの消えた真っ暗な部屋に、お布団を敷いて寝ていたはずなのに、わたしはなぜか、ぼんやりした灯りに包まれているような気がした。

 薄く目を開けると、じゅうたんのようなふわふわの草の上に横になっている。

 その時にはもう目が覚めていたけれど、起き上がらずそのままそっと話し声に耳を傾けた。そうしなければいけない気がして。

「ええそりゃあもう、まったくわけがわからず終わってしまった、あの『失せもの探しの錠前』の顛末、聞かせてもらえるのなら、聞かせてください。」

「そうじゃのう、お前さんは、それを聞く権利があるじゃろう。」


「お前さんは、本当にようがんばったのう。あの時もじゃが、これまでも、実にようやった。

 特にあれを見つけてやり、おまけに、きれいに磨き上げてやったのは、あっぱれじゃった。

 見事に錠前の『失せもの探し』は復活した。じゃがそれが最後の『失せもの探し』ではあったがのう。

 奴は、お前さんに礼をいうておったぞ。千代ともどもな。

 奴は、あれで、千代を探したかったのじゃ。そして願い通り探し当てた。

 昔々に行方知れずになった、千代をな。

 見つけてもらって千代も本望じゃった。もうすでにこの世の者ではなかったがな。

 あの娘は、その昔、父親の手伝いで山に入り、わしに出くわし、あわてて崖から落ちて命を失ったのじゃ。

 わしを見かけると、みんな勝手にあわててしまうのじゃ。こまったもんじゃ。

 わしは何もせん。ただ、わしの分身相手に、碁を打っておるだけなのじゃがのう。


 千代はあの時、もう間もなく奴との婚礼を控えておったというのに、自分の落ち度で命を失ったことを嘆き悲しみ、悔やみ、そうしていつしか、鬼にさらわれたと思い込むようになってしまったのじゃ。

 それは、魂までもが肉体の朽ちた場所から抜け出せず、帰る術を失ってしまうことになるというのに。

 奴は奴で自分との婚礼がいやになって逃げてしまったのだろうと思い、千代を恨んでいた。忽然と姿を消したからのう。

 ただ今になって、本当にそうだろうかと思い悩んだのじゃな。

 それがこれで長年の胸のつかえもおり、ようやく旅立っていった。

 千代とともにな。」

「そうだったんですね。よかった。本当に良かった千代さん。」


「それはそうと、お前さんの父親は残念なことじゃったのう。

 あれはもう寿命だったと思ってくれ。くれぐれもいうておくが、わしのせいではないぞ。ちと脅かしすぎたかとは、思うたがの。

 まだまだ取り戻すものに思い至らずじゃったからのう。

 お前さんの父親の家系は短命じゃ。父親の兄も、あの時すでに、心の臓に病があった。母の方もな。

 それゆえ、まるで兄の後を追うように母ものうなってしもうた。」

「はい。幼さゆえの事故だったのです。

 父は、それをずい分長いこと自分のせいだと思い込んでいました。

 その重さに耐えきれず、酒におぼれてしまったのでしょう。

 命を縮めるほどに。」

「これで、さらばじゃ。達者で暮らせ。

 また、どこかで会うこともあろう。」

 そこで、わたしは急な眠気に襲われ、深い深い眠りに落ちていった。


「おはよう。さあ、舞、起きて、」

「おは、よう。

 おばあちゃん、もう起きる、時間だっけ?

 あれっ、まだ六時前だ。まだ早いよ、」

 目覚まし時計はまだ鳴ってはいない。

「なにいってるの、今日から、お父さんと交代で朝ごはんの用意して、学校へ行く前に洗濯してから、掃除機もかけておかなくちゃ。」

 そうだ、お祖母ちゃんは、わたしとお父さんに家事を仕込むために来たのだ。けして家事をしに来たわけじゃないのだ。今日から特訓が始まる。

 なんだかとんでもなく眠い。眠くて仕方ないのだけれど、わたし、お祖母ちゃんに何か聞きたいことがあったような気がするんだけど、まあ、いいか。 


                                    了


 



 

 

 

 

 

 

 


 

 



 

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月と森と あんらん。 @my06090327

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