第14話 池にたたずむ月

「ただばくぜんと歩いているだけで、みつけられるわけ、ないよね。

 そこらへんにぽんと落っこちてるわけないし。」

 池といわれてもねえ・・・。

 茜も同じ、途方にくれる思いだった。もっと何か目印になるようなもの、佐々木さんは聞いてなかったのだろうか。この二十年ほどでずい分この辺りは変わったというし。

 池の周囲はきれいに整備され、ここが森の中だったなんて、曾おじいさんの年代の人たちには驚きの景色だろう。

 駐車場側はそのまま高速道路に続く道が伸び、片側の雑木林の奥にいちご狩りの施設が見え隠れしている。林の間から池に流れ込む小川に差し掛かった。

「あれっ、そういえば・・・」

 と先生がいい出した。

「鍵、最初に見たとき、何かわからないくらいの、錆の固まりだったよね。

 土の中に埋めたにしても何かに入れていたはず。なのにあんな錆だらけだったなんて、そうとう湿気の多い場所にあったとしか考えられないわ。」

 それもそうだ。茜もうなずいた。

「この小川の辺りか。まさか、池に沈めた、なんてことないわよね。」

 そうこうしているうちに、日が傾いてきたので、今日はこれくらいにして、作戦を立ててからまた来ることにしようとなった。


「先生あの、お願いがあるんですけど、」

 帰り際、茜はもう一度鍵を借してほしいと頼んだ。

 池を目にしたときから何かが気になって仕方なかった。それが何かはわからないのだが、さっきから何度となく「鍵が教えてくれる」と、誰かが耳ともとでささやいているような、そんな気がしてならなかった。

 この間の幻の光景、その前は森をさまよっていた。

 あれは全部鍵が見せたことではなかったのか。それは、鍵自身が錠を探しているからではないのか。

 それを先生に話すべきかどうか迷って、結局いい出せなかった。

 鍵が錠を探しているなんて。あの情景のこともどう説明したらいいのかわからなかった。

 ただ、きっと鍵が導く。すべての謎を解くのは文字通り、この「鍵」なのだとそう思えて仕方なかったのだ。

「いいわよ。何かいい考えが浮かんだらまた教えてね。」

 家の前で先生の車を見送りながら、茜は、鍵の入った袋を握りしめた。

 

 強く強く願った。「どうかわたしを導いて。」

 夜の闇の中、灯りも点けず机に向かった茜は、鍵を持つ手を額に押し当て目を閉じた。

 「謎の答えへ。」

 しばらくそうしていると、徐々に、周囲の音が消え、部屋の匂いが変わり、閉め切った部屋に風を感じた。

 体が宙に浮いた感覚がして、意識が遠のいていく。 


 次の瞬間、「おねえちゃん」という声で気が付いた。

 すぐそばにノリがいた。

 目の前には、月明りに輝く池の水面がある。

 あれは今日行った釣り堀のヒョウタン池だ。周りの様子はまったく違うけれど、ヒョウタンの形は今日目にしたそのもの。

 「おねえちゃん」

 またノリが呼びかける。そして池の端を指さした。

 薄ぼんやりした人影があった。

 誰かが身を乗り出して水の中をのぞき込んでいる姿だった。

 そのうしろにもうひとり。

 ノリだ。あそこにいるノリと今ここにいるノリは同じノリなのか。

 驚きながら見比べていると向こうの様子が、かすかな明かりを反射する、ホログラムのように見える。


「あれは、もしかして、ノリの記憶?前にあったこと?

 あそこにいるのは、ノリのお兄ちゃん?」

 ノリがうなずいた。今にも泣き出しそうな顔だ。

 そして、「あっ、」とこちらのふたりが同時に声を上げた。

 池をのぞき込んでいた子が、水の中に手を伸ばしたままの姿勢で頭から落ちていったのだ。

 声を上げたのは向こうのノリも同じだった。足がすくんでいるのか、息を飲んで大きく目を見開き立ち尽くしている。

 その間にも落ちた子は、何とか池の淵に手を伸ばそうとするが届かない。

 そうこうするうちに姿が見えなくなった。

 おぼれてしまったに違いない。

「カズ、にい、ちゃーん。」

 

 あちらとこちらで叫んだノリの声が重なり、人影がふっと消えた。

「ぼくが、いけのなかの、おつきさまが、ほしいっていったから、

 ぼくが、カズにいちゃんに、とってっていったから、」

 あとはもう顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。

「いこう。」茜は手を引いた。

 泣き続けるノリを連れて茜はその場を離れた。

 ノリにとって忘れてしまいたい記憶だったのではないのか。

 それでもノリはお兄さんを探さずにはいられなかったのだろう。

 

 しゃくりあげるノリの手を握りしめ、あてもなく、歩いて歩いてずっとこうして歩いていようと思った。今はそれしかできない。

「わたし、ずっと前にノリたちを見たの。

 たしか、お母さんが病気で入院したっていってた。

 それで親戚のおうちにふたり、預けられたんだよね」

 ノリがうなずいた。

「お母さんに会いたくなったんだね、ノリは。

 それでその親戚のおうちを、夜中に抜け出したんだよね」

「う、ん。

 ぼく、まいごになっちゃったんだ。

 でも、カズにいちゃんがさがしに、きてくれたんだ。

 ふたりであそこで、だれかきてくれるまでまとうって、にいちゃんが。

 まってるとき、オニのはなしもしてくれた。

 ヒイラギの、おまもりもくれたんだ」

「そうだったんだ」


「おつきさまが、そらにでてた。

 くもにかくれたのに、いけのなかには、あったんだ。おつきさまが」

 ノリは立ち止まり茜を見上げた。

「ぼくが、にいちゃんに、おつきさまをおかあさんにあげようって、いったんだ。

 ほんとに、いけのなかに、あったんだよ。きらきらひかる、おつきさまが」

 そのとき、ノリの声がだんだん低くなり、みるみる背丈が伸びて、視線がぐんぐん茜の背をこした。

「ほんとうに、きらきら光ってきれいだったから、覗いていたんだよ。オレたち」

「お父さん、」茜は叫んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る