第13話  月と森 そして池

「これがここのイチオシらしいわ。これにしようか。」「は、はい」

「いちごパフェふたつください。」

 戸継先生の声も上の空、運ばれてきたものも上の空で口にしていたから、まったく味が分からなかった。

 先生は、茜が、がんばりも空しく気落ちしているのだと思ったらしい。

「ごめんね、ほんとにごめん。がんばってもらったのにね。」

 茜の頭にあるのは父のことだった。

 なにが父をそうさせたのか。それを問いただすことはできるのか。

 

 しばらくして、放課後、戸継先生に呼ばれた。

 学級委員の田中さんに「先生、職員室にいるからって、」と声をかけられた。

 茜を見るなり、先生は隣へ座らせ周りを見回した。そして小声で、

「実はね、またあの錠前の話しなんだけど。

 佐々木の叔父さん、昨日うちに来てこれ、置いてったの。」

 茜が最初に磨いてきれいにした鍵だった。

「錠前の錠が、違うって、話しだったじゃない。

 どうしても本物を探してくれっていうんだって、曾おじいちゃん。

 それで、手伝ってくれないかっていうのよ。」

 茜も本物の行方は気になっていた。

 

 なんだか切羽詰まった様子の佐々木さんだったらしい。

 茜たちがやってきた日から、曾おじいさんは、一日中、人が変わったようによくしゃべるのだという。

 今まではずっとぼんやりして話すこともなく、話しかけても耳に入っていないような様子だった。年も年だし、ボケてるんだろうと思っていたが、あの日を境に覚醒したように語るのだ。

 なにがきっかけだったのか、突然思い出したように話し始めた「失せもの探しの錠前」にも驚かされたが、それ以上に、結局は違っていたけれど実物を手にして、色々よみがえってきたのだろう。

 ただ、話そうとすればするほど、体力が日に日に落ちていくようで、いくら止めても、苦しそうな息の中、力を振り絞って話し続けるのだという。

「もう時間がないって、曾おじいちゃん、そういうんだって。」

「もう、時間がない?」

 茜は息をのんだ。

 

 江戸時代の最後に生まれ、明治、大正、昭和と生きてきた。今年で百八歳になる曾おじいさん。

 家宝の「失せもの探しの錠前」は小さい頃から生活の中にあった。実際それで失くしたものを探し当てたという家族もいたが、曾おじいさん自身はあまり信じていなかったという。

 だから、体験してきたいくつもの戦争の最後の大戦で、戦況が悪くなり各家庭の金属製品を供出させる軍の要請に従い、鍋釜、鍬や鋤、鋸のたぐいの中に錠前も入れて集合場所に持って行かせたのだ。

 ところが、家族の中に錠前だけを抜き出し隠したものがいた。誰にもわからないところに埋めて、戦争が終わったら掘り返しに行くつもりだったらしい。そして、掘り返しに行ったのだ、鍵は見つかっているのだから。だが錠は結局見当たらなかったのだ。埋めた本人はもうずい分前に亡くなってしまったが、亡くなる前に探し当てられなかった錠について、「山の南の森、ヒョウタン池」と言い残していた。


 戦後の混乱の中紛れて忘れさられ、また、南の森が十年前高速道路の建設が決まり開発され跡形もなくなり、錠前の錠は失われたままだったのだ。

 残った手掛かりはヒョウタン池。

 あの「失せもの探しの錠前」で曾おじいさんは、いったい何を探したいのかはわからないが、一度だけ目にした、月をかたどったガラス細工のその美しさは今でも覚えているという。錠前の錠と鍵には同じ丸いガラス細工があったのだ。

 今回それらしいものを誰も見た覚えはなく、寄贈した先にも探してもらったがなかった。やはりいまだにどこかに埋められたままなのだろう。

 佐々木さんはこの一週間仕事の都合でここを離れるため、鍵を戸継先生に託したのだった。

 月と森、そして池。

 茜は胸が騒いだ。誰かが後ろからつっついたような気がした。

「あの、わたしお手伝いさせてください。」

 思わずそういっていた。

「そういってくれると思ったんだ。」

 先生はにやりと笑った。


 次の日車を走らせ先生は、この前来たお店を通り過ぎ、釣り堀の正面口へ回り込んだ。

「ヒョウタン池って、ここ、今釣り堀になってる、ここよ。」

 茜は一瞬混乱した。父をお酒に走らせた何かがある場所。いや単なる偶然だろう。

 そこには「釣り堀・ヒョウタン池」と看板がかかっていた。

 入口にはプレハブ小屋に受付があり、何人か利用料金やえさの代金のやり取りをしていた。

 人影がなくなったのを確かめて、受付のおじさんに先生は声をかけた。

「あの、わたしたち、ずっと前に池の周りに落とし物をした人から、頼まれたんですけど、こういうもの見たことありませんか。」

 どこかに埋めたのではなく、落としたことにして、昔ながらの錠前の写真を見せた。受付のおじさんは、それをうさんうさそうな目つきで見ていた。

「そんな話、聞いたことないな。誰だか知らないけど、ホントにそんなもの落としたのかい?」

 まったく気のないいいぐさだったが、怪しむのも仕方ない。それでも、

「釣り、しないんだったら、料金はいらないから、好きに見て回ったらいい。

 その代わり、釣ってるもんの邪魔はしないでくれよ。」といってくれた。

 

 それなら思う存分見て回れる。

 ふたりで釣り堀のふちをゆっくり巡ってみることにした。

 池のふちに立ち、茜は、本当にヒョウタンの形なんだと驚いた。

 あの小学校の入学式の後、立ち寄ろうとしたけれど父のこともあり、池を目にしたわけではなかった。今、目の前のこの光景に何かが引っかかった。胸の中にざわざわ騒ぐ何かがあった。



 


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