第5話「それはビターな大人のクレープ」(中編1)

 と、そんなタイミングで一階の玄関が開く音がした。



「あっ……」


 驚いたように目を開けた希美は、遅れてよほど恥ずかしくなったのか視線を素早くそらした。


「えっと……お父さん、帰ってきたのかな?」


 俺だって恥ずかしすぎる。目は泳いでいるのがわかるし、どうしたらいいのかわからない。

 何より気まずすぎる。


「せ、先輩」

「は、はい」

「えっと、あの……」


 これは、俺がどうにか切り抜けるしかないと思った。


「お父さん帰ってきちゃったんじゃお邪魔だろうし、俺は今日は帰るよ」

「え?」


 残念そうな希美の表情が視界に入ったが、正直これが正解だと思う。急いで勉強道具を鞄に片づけると立ち上がった。


「あ、先輩。送っていきますね」

「あ、ああ」


 階段を下り玄関口へと向かうと、希美のお父さんと出くわした。

 まじめで厳格そうな風貌はまさに希美の父という感じで、銀縁のメガネが利発なイメージを助長していた。


「あ、すいません。お邪魔しています」

「ああ、いらっしゃい。君が希美の彼氏かい?」

「え。あ、はい! お世話になっておりますっ! 希美さんにはいつも良くしていただいてっ!」


 やべーテンパった。良くしていただいてってなんだよ。ほかに気の利く言葉の一つも出てこないのかよ。


「そう緊張しないでくれ。帰るのかい?」

「あ、はい」

「ちょっとお父さん」


 俺とお父さんの会話に割って入るタイミングを計りかねていたのか、俺の後ろにいた希美はひょっこりと顔を出すと、少し不満そうに俺の横に立つ。


「お父さんが怖いから、先輩が委縮しちゃってるじゃない!」

「そうなのかい? それは悪いことをしたね」

「いえ、めっそうもありません!」


 もう、この空間にいるとメンタルが崩壊しそうなので、早々と玄関で靴を履き、


「それではすいません。失礼します」


 と言ったところで、


「あれ?」


 スマホがポケットに入ってないことに気付いた。


「先輩? どうしたの?」

「いや、どうもスマホが見当たらなくて……」

「私の部屋に忘れたんじゃないかな? とってくるね」

「あ、ちょっと」


 自室へ踵を返す希美の後姿を見ながら、お父さんと二人きりにしないでくれと念を送っていたのだが、どうやら気づいてもらえそうにはなかった。


「先輩くん……では、おかしいな。名前はなんと言うんだね?」

「は、はい、えっと……」


 俺が名前を伝えると、


「そうか。良い名前だな」

「ありがとうございます」

「ところで……」

「は、はい」

「こんなタイミングでもないと話せる機会はなさそうなのでね。悪いが、手短に話させてもらうが」

「は、はい」


 なんだこれは。やっぱりあれか。娘はお前なんぞにはやらんってやつなのか?


「君は、希美が医者を目指しているのは知っているのかい?」

「はい、知っていますが……」

「じゃあ、最近成績が振るわないのは?」

「……え?」




 それは、初耳だった。

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