第5話「それはビターな大人のクレープ」(前編)
希美と付き合い始めてから半年たったころ、俺は初めて希美の実家に呼ばれた。
まあ、親とかに呼ばれたわけではないので、遊びに行ったと言うほうが正しいかもしれないが。
お父さんはお医者さんということで忙しいらしく、家には誰もいなかった。
だからと言って、何かを期待していたわけではなかったが。
……まあ、あれだ。年頃の男女だし、もしもということもあるかもしれないと、ひそかに鞄に避妊具を忍ばせていたりしたのだが……。
まあ、期待していたわけで。
だが、そんな気持ちも希美の部屋へ上がるとすっかり薄れていて、やってきたことの嬉しさでいっぱいになっていた。
希美が普段、ここで生活しているのかと思ったら感無量だった。
「先輩。どうぞ、適当に座って」
「あ、ああ」
最近では俺への敬語も抜けて来ていて、距離感が近くなっているのが素直に嬉しかった。
「じゃあ、先輩。勉強しよ?」
「ああ」
机に教材を並べて勉強をするということ自体は、いつもと何ら変わりがない。けど、それが図書館なのか彼女の自室なのかでここまで違うとは思わなかった。
たったこれだけのことに幸せを感じてしまう。
いつものように勉強を始めるも、俺はなんともそわそわしてしまって集中できずにいた。とは言っても希美の邪魔をするわけにはいかないので、俺も必死に参考書へと目を移す。
……駄目だ。ついつい、希美のことを見てしまう。キョロキョロと希美の部屋を見てしまう。
挙動不審だろ、俺。変態か変質者じみてるな。ダメだ駄目だ。
心を強く持って、勉強しなければ。
そうさらに決意を固めたとき。
「先輩。そう言えば、この間言っていた参考書、持ってきてくれた?」
「ああ。それなら鞄の中に」
「了解。ありがとう」
そう言って、俺の鞄を無造作に開ける希美の姿が目に入ったとき、ハッとしたが……。
「先輩……」
遅かった。
希美は俺が持参したブツを鞄から出していた。
「希美……あ、えっと、それはだな」
希美のジト目が刺さる。いたたまれない。すごい勢いで冷汗が出てくる。
「えっち……」
ああ、そういうグッとくる台詞はもう少しキュンと来るシチュエーションで言ってほしかったなぁ……じゃない。
「も、もしもってこともあるかなって思ったんだ!」
「初めてお家に来るからってさすがに……」
「いや、俺もさすがにとは思ったよ? けどほら、万が一、いや、億が一ということもあるかもしれないし、そういうときにそういうものも用意してないようだと非常識かもしれないとか、そう、思ったりとか……ですね、はい」
「万が一?」
恥ずかしそうにブツの箱を見てから、希美はうつむいてしまう。
まずったか。これは嫌われたのではないだろうか。
くそぉ……やらかした。
大病院の娘さんなんだぞ。貞操観念高そうだし、そもそも学生の身分でそんなこととか軽蔑されるのではないだろうか。
どうする。どうすればいい。
「先輩」
「は、はい。何でございましょうかっ」
「万が一、起きちゃったらどうする?」
「え?」
希美は頬を赤らめながら俺の顔を、目を見つめてくる。
俺の心臓が早鐘を打っていた。
希美が瞳を閉じる。
これは……これは……っ!
失敗しないようにと今度は変な汗が出てくる。
しっとりとした唇にそっと顔を近づけていき……。
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