28 再会と絶望

地上に出たアルベルト達は、騒々しく、殺伐とした街の雰囲気に早くも気がついた。人の気配が、全くと言っていいほど感じられない。市民は全員避難したか、外怪物アウトワルドの餌になったかのどちらかであろう。


「……ア、アベル。しっかり。まだ戦いは終わってないよ」


 いつもは元気を貰えるスルトの声掛けも、今のアルベルトには雑音の一つでしかなかった。瞳は虚ろで、口は開きっぱなし。大切な人を目の前で亡くしたかのような状態が、彼女はのろのろと歩いていた。


「そうだ。まだミカ達が戦ってる。俺たちも急がないと、手遅れになるかもしれない」


 ラファは拳を握り締めながら言う。固く握られたそれには、血管がみきみきと浮かび上がってきていた。


「……クソ。やはり本部とは連絡がつかないか。あの男め。国家転覆でも目論んでいるつもりか」


 トシミツは通信機を握りながら悪態をついた。

 ――兄の目的は一体何なのか。

 国家組織を指揮する立場という、何の文句もない地位を手に入れておきながら、それを敵に回す立場に立つなど――。


「信じたくない……」


 彼女の淡い望みは、気づかぬうちに外へ零れ落ちていた。


「アベル。あれは君の兄なんだな」


 ラファの意味深な質問に、アルベルトは口を繕う。


「……うん。兄さんは、私のたった一人の……家族だよ」


 紛れもない真実の筈なのに。苦し紛れに出した答えにしか思えなかった。


「……貴様。私は貴様を疑おうとは思っていない。ただ……妙な動きをしたら、それなりの覚悟はしておけ」


 紅の片眸が、アルベルトをぎろりと見つめる。


「あなたには、私は殺せませんよ」

「――そうだ。私は異端者ヘレティクトは疎か、外怪物アウトワルドさえ倒せる技術を持っていない」


 彼の歯が、ぎり、と軋む。

 防衛隊には、フォービデンギアなど支給されない。無論、あれはヒトが使うべき兵器では無いが。


「……皆。とにかくミカ達と合流することを最優先に考えよう。戦闘は極力避けて移動するんだ」


 ラファの指示を聞き入れた一同は、彼の指示の通りに動き始める。

 アルベルトの中には、まだ、飲み込み難いわだかまりが詰まったままであったが。




 ◇




 アルベルトらは暫く歩き、悲惨な惨状が広がる都市の中心部へとやってきた。上へ広がる電磁誘導レール。彼女がミカ達と別れたのは、この辺りだった。


「ミカァァ!! ノアァァ!! いるなら返事をしてくれ!!」


 ラファが大声で彼らを呼ぶ。

 辺り一帯は酷い有り様であり、倒壊しているビルがあるわ、おびただしい血痕が残されているわで、見るに絶えない場所と化していた。


 アルベルトの喉が、ぴくぴくと痙攣する。それに釣られるようにして、手や脚も。


 掌を、温かくて柔らかい、スルトの手によって包まれた事で、その痙攣は鎮まっていった。


「平気。アベルには、私がついてるから」

「……うん。ありがとう」


 彼女は、優しかった。思えば、自分は彼女を見捨てたにも関わらず、彼女は自分を一度たりとも見捨てた事はない。感謝と同時に、彼女には酷い罪悪感が込み上げてくる。


「おじさん!? 銀色のおじさんか!?」


 想像していたよりも、若々しい返事が響き渡って、その場にいた誰もが目を見開く。


 真っ先に踵を返したアルベルトが見たのは、ずっとずっと、暗闇の中で思い浮かべていた、セトとルルワの姿であった。


「……!! どうして……!!」


 汚れながら走る二人に、アルベルトは駆け寄った。


「アベル……!」

「どうして出てきたの! じっとしてなさいって、言ったでしょう!?」


 セトとルルワに詰め寄り、アルベルトは大声を出す。声が心地よくしゃがれるほどの大声を出したのは、いつぶりだろう。


「あ……えと……ごめん……なさい」

「アベル。こんな事をしている場合じゃないんだ、早くしないと、手遅れになってしまう」


 そして彼女は、ルルワを見据えた。


「え……?」


 今まで一言も発さなかったルルワが、口を開き、声を発した。年頃の男の子らしい、透き通るような声だった。


「銀色のおじさんも、スルトちゃんも。そこの黒いおじさんも。ここまま無闇に行動してたら、何もかもが手遅れになるんだ」

「「おじ……」」


 ラファとトシミツの咄嗟に出た声が重なった。


 蒼き双眸が、彼を見つめる。少しくすんだ、されど汚れなき灰色の目が、それに反射する。


「……聞かせて。何が手遅れになるのか」


 ルルワは、深々と頷いた。


「みんな。僕とセトはみんなとは少し違う“Eヘレティクト”っていう存在なんだ」


 胸に手を当てながら、ルルワはそうカミングアウトする。


「E……?」

「正確には“エクストリーム・ヘレティクト”。外怪物アウトワルドによる細胞侵蝕を克服して、これから先、外怪物アウトワルド化する可能性が無くなる代わりに、永遠の命を授かった異端者ヘレティクトのことだよ」

「なに……?」


 ラファは、その信じられない情報に拒絶反応を起こしている様子だった。

 それは当然。何年も当たり前だった常識が、小さな子供一人の発言によって、軽々と覆されてしまったのだから。


「そして、そんな僕たちの命を狙う人間がいる――それが……その……」

「私の兄さん、でしょう」


 ルルワはそう言うアルベルトを見て、眉を下げた。恐らく、彼なりに気を使ってくれたのだろう。


「……そうだ。マインド・トゥルフ総司令官 カイ・エヴィプティ。あいつは、外怪物アウトワルドを使って、この世を滅茶苦茶にする計画を企てているんだ」

「この世を……滅茶苦茶に?」


 トシミツが突っかかる。しかしそれをラファが制し、話が途切れないようにした。


「カイの目的は、外怪物アウトワルドの母“ニグゴート”の復活。その目的に、僕たちEヘレティクトは邪魔なんだ」


 聞き慣れない単語の連続で、アルベルトを除いた三人の視線は上の空だった。それでも、今のこの状況が、どれだけ“やばいか”くらいは分かっただろう。そんなに鈍感な人ではないはずである。


「そのニグゴートって言うのが復活したら、どうなる? まず……復活には何が必要なんだ」

「そんな事よりも先に、貴様が何者かを聞く必要があるだろう。小僧、言え。貴様は何者なんだ? 何故そんな情報を、子供が知っている」


 トシミツの気迫に追い詰められたルルワの前へ、涙目になったセトが飛び出した。


「私達は……!! 私達は“造られたEヘレティクト”なの!!」


 セトの叫びが響く。


「薬のせいで、今までずっと忘れてた……四年前から私達は、変わらないこの姿のまま生きてる。あの人の、あの人の酷い実験のせいで……! そんな大切な事を忘れてた……」


 彼女の叫びは、次第に弱々しくなっていった。

 初めて会った時、彼女の言葉はかなりたどたどしかった。それからも、中学生くらいの見た目にも関わらず、言動がどこか幼かったのも――。


「そうか。なら次は、ニグゴートという化け物について話せ」

「待つんだ」


 質問責めをするトシミツを、ラファが制す。


 ゆっくりと、彼女の元へ歩み寄っていき、その前でしゃがみ込んだ。


「君も俺たちと同じか。あの男の、被害者なんだね」

「……」


 セトはそれが何のことか、良くわかっていなかった。それでも、彼に優しく抱きしめられたら、じわじわと赤い瞳に涙が溜まっていく。


 か弱い号哭が、木霊する中、アルベルトは目を細めて、自身の拳を握りしめていた。




「ニグゴートは……この世界で、外怪物アウトワルドが大量に発生する元凶だ」

「……? 外怪物アウトワルドは人に寄生することでしか増えれないんじゃ……?」

「元々外怪物アウトワルドっていう種族は、崩壊寸前だったんだ。この星を見つけて、降り立ったときには、数体しか生き残りがいなかった」


 倒壊寸前の新築ビルの中に移動して、アルベルトらはルルワの話を清聴する。時折、おしゃべりなスルトが口を挟んだが。


「普通の外怪物アウトワルドは、人間に寄生する事でしか増えることができない。けれどニグゴートは、この星上のあらゆる生物に寄生できて、外怪物アウトワルドを一瞬にして増やせる。力の使いすぎで、ある程度増殖させたら、細胞だけになったけど」

「……あらゆる生物と……?」


 アルベルトは彼の言葉を聞き、先程の地下施設で見た、ポッドへ大切に保管されている単なるトカゲの尻尾を思い出す。


「ニグゴートがそんな所業ができるのは、“母なる聖水“っていう瞬間細胞侵蝕液があるからだ。ミルクみたいな白濁色の液体だから、絶対に触れてはいけないよ」

「触れたら……?」

「即外怪物アウトワルド化する。人間、異端者ヘレティクト、動物、関係なしにだ」


 一同、息を飲んだ。

 ルルワは、そんな事を一切の揺るぎのない瞳で語った。こんなにも小さいのに、何年も過酷な戦いを続けてきたような貫禄がある。


「もう、ニグゴート復活は始まってる。復活は多分……止められない。けれど、奴は不死身じゃないんだ。僕たち全員が知恵を合わせれば、きっと勝てる」

「……貴様のような餓鬼が、戦うつもりか?」

「僕だって戦える。あの地下は、戦わないと生き残れないから」


 ルルワは握り拳を胸に叩きつけた。


「ニグゴート……外怪物アウトワルドの元凶……あらゆる生物と……」


 ヤハウェの言っていた事、今彼から聞いたことが重なり合い、一本の線となる。そして辿り着くのは、カイがあの地下で浮かべた、冷酷な顔。


「兄さん……あなたは……一体」


 

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生蝕のヘレティクト 聖家ヒロ @Dinohiro

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