27 黒山羊の唸り

地上では、未だ黒山羊との戦いが続いていた。


 カンウを振るい、黒山羊の毛皮を削り取っていくノア。鉄筒から飛び出た球体が電撃を迸らせれば、黒山羊達の動きが鈍くなり、その隙を突いて手痛い一撃を喰らわせる。


 しかし、黒山羊のかっ開いた口から飛び出る長い舌が彼の右腕を捉える。

 肉に刺さり、骨を砕いて彼の腕を飛ばす。散ってくる生暖かい感触で、ノアを激しい鈍痛が襲った。


「ぐあぁぁぁっ!?」


 慣れぬ痛みに悶え苦しみ、武器を捨てて転倒するノア。赤黒い軌跡を作り出しながらのた打ち回る。

 黒山羊は容赦をせず、再度口を開き攻撃体勢を取った。

 しかし、その首は大剣によって飛ばされ、黒山羊は跡形もなく消滅する。


「治ったらすぐ立てよ。それまでは、俺が面倒見てやるからよ!」


 そう言って大剣を振るうミカ。ギア無しに、現在の彼は部隊の中でトップの討伐数を誇っていた。

 黒山羊の群れへ、無数の鉄球が降り注ぐ。

 その鉄球から解き放たれる光線が奴らを焼き尽くし、焦げ臭さを充満させた。


 生き残った黒山羊は、降り注いだ鉄球のチェーンソーのような爆裂によって殲滅させる。


「減らないな」

「減らないね」


 ウリとガブも、かなりの頭数を殺っている。されど、黒山羊達は次から次へと湧いてきてキリが無かった。


 ノアの右腕が再生し、再度立ち上がる事が叶うくらいの体力が戻ってくる。すかさずカンウブレイバーを手にし、戦闘に復帰しようとした、その時だった。


 黒山羊達の動きが突然、止まった。


 ハプニングが起きた人形劇の如く、ぴくりとも動かない。ミカを喰らおうとしていたものでさえ、口を閉じて直立している。


「なんだぁ? 電池切れか?」


 そのあまりの不気味さに、流石のミカも怖気づく。脅威が、何の前触れも無しに一瞬にして無力化される。眼の前の脅威以上のが、潜んでいることを容易に彷彿とさせる。


 ビルの上から降りてきたガブとウリも、その異様な光景に声一つ出せずにいた。


「シグナル……四……心臓が動いてすらいないのか……?」


 心臓の鼓動を電気信号として探知するシグナルSBO。これだけの生命体を前にしながら、異端者ヘレティクト四人の反応しか探知できない筈が無い。となれば、黒山羊達は既に力尽きた、ということになる。


 ――刹那。大地が怒り狂うかのような、凄まじい揺れが彼らを襲う。それはまさに、経っていられなくなるほどの揺れ。地震というには、あまりにも強すぎる。


 前方のビルが、何か巨大な物体によって突き破られて、瓦礫の雨が地上へと降り注ぐ。それでも、黒山羊達はぴくりとも動かない。


「なんだありゃあ……!?」


 ビルを突き破り現れたもの。それは、蛸のような、巨大な漆黒の触手だった。先端から乳白色の液体を垂れ流しながら、地上を物色するように左右へ動く。


 液体はみるみるうちに、道路の上へ大きな水溜りを形成していき、それに触れた黒山羊達が次々と粒子と化して消えてゆく。


「吸収してる……のか?」


 立ち上がったノアが、素肌が晒された腕を抑えながら、苦し紛れに言う。

 粒子は触手の方へ集まっていき、黒山羊が全部消えるまで、それは続いた。


 吸収を終えたであろう触手は、確かに、彼らの方を向いた。


 ミカは誰よりも早く身構えた。


 あれは、並の外怪物アウトワルドとは違う。



 猛スピードでこちらに伸びてくる触手に、誰よりも早く対応できたのは、ミカだった。


 砂埃をいち早く脱し、触手の上に飛び乗り、ぬめぬめとした表面にも関わらず、驚異的な跳躍を見せてから、回転斬りを叩き込んだ。


 触手は切断。大量の汁が溢れ出るが、根本はすぐに元の位置へと引っ込んでいく。


「無事か? お前ら!」


 着地したミカの目に映るのは、胸元を瓦礫に貫かれて、血反吐を吐き倒れるガブの姿。ウリに抱き寄せられているが、血は未だに止まらない。


「深く息をしろ、大丈夫だ」

「い、痛いぃ……痛い……痛い……!!」


 か細く泣き喚くガブ。髪は乱れて、目からは一筋の涙が流れていた。


 しかし、そんな彼女を敵は待ってくれなかった。前方から、背後から、ビルを突き破り、四本の触手が姿を現す。

 今度の標的は、確実にこちらだと分かる。先端が今にも、こちらに飛んできそうだった。


「ウリ、ガブを頼むぞ」


 彼女を抱きかかえたウリは、何も言わず、ただ深々と頷いた。

 ミカとノアが戦闘態勢となり、互いに背を合わせ、二本の触手を両眼で見据えた。


「二本くらいやれるだろ」

「やるだけやる」


 直後、二本の触手が一斉に二人へ襲い掛かる。

 二人は各々の方向へ回避。ミカが大剣によって攻撃を迎え撃ち、ノアは触手に飛び乗り、表面へ刃を突き刺した。


 触手の上を駆ければ、白濁色の体液が溢れんばかりに吹き出てくる。もう一本の触手が彼を貫こうとするも、跳躍により回避され、空中での素早い斬撃で細かく切り刻まれる。


 ミカはと言えば、襲い来る触手を刃で受け止め、激しく弾き返し怯ませてから、がら空きの表皮を一刀両断する。そして、右から襲い来る触手も、同じような要領で斬り裂いた。


 触手を殲滅し終わった瞬間、新たな触手が突き出てきて、再び地上へ瓦礫の雨が降り注ぐ。今度はビルからではなく、道路から出てきたものもいた。


「これもキリがねぇやつかよ……!」

「何度もやり合える相手では……」


 またも無限湧きする敵に、二人は嫌気が差した。


 猛スピードで接近する触手が、動けないと察したのか、急に方向転換してガブを抱え込んだウリの方へと飛んでゆく。


「ウリィィ!! 避けろぉぉぉッ!!」


 触手の先端が、彼の目と鼻の先まで迫った。


 サングラス越しの彼の瞳が、微かに細まった気がした。


 ウリは寸前でガブを放り投げて、攻撃の脅威から脱させる。


 そのままウリの腹は、触手によって貫かれた。


 背後のビルが、あり得ないくらいに一瞬で、明く染め上げられた。


 力無く腕を垂らしたウリは、そのまま触手によって持ち上げられ、空高くで磔にされたかのように晒し上げられた。


「離しやがれ!!」


 ミカがその触手を斬りつけようとするも、集まってきた触手により攻撃を弾かれ、彼の解放を阻止される。


「ウリ!! 聞こえるか!! すぐ助けてやるからな!!」


 ミカは、蝋人形のようになったウリに問いかけたが、まるで返事が無い。

 ――死ぬはずがない。今ここで、彼の外怪物アウトワルドが成長しきらない限り、そんなことはありえない。


 ミカも、ノアも、普段なら気にすることもない異端者ヘレティクトの生死を、何故か気にかけていた。


 突然、ウリの身体が仰け反り、激しく痙攣し始める。


 すると、彼の身体は眩く、紅に発光した。


「は……?」


 その現象は紛れもなく、異端者ヘレティクトであった。


 光が晴れる頃。彼の姿はそこには無く、代わりに荒れ狂う獣の外怪物アウトワルドが、触手に貫かれたまま藻掻いているだけだった。


「嘘……だろ……?」


 大剣が、大きな鳴動を響かせながら、力無く転がり落ちる。

 その漆黒の獣は触手の拘束から抜け出し、地上に降り立ってから、彼らを見据えた。

 ウリの面影さえ感じさせない、けたたましい咆哮を上げて、六対の腕に仕込んだ爪を顕にする。


「ふざけんな……」


 ミカの右拳に、幾つもの血管が浮かび上がる。


「死ぬ時は一緒だって……約束しただろうがぁぁぁっ!!」


 彼の叫びと、獣の雄叫びが重なった。


 今にも激突し合おうとする一人と一体を、上からやってきた触手が妨害した。


「ミカ!!」


 カンウから飛び出た無数の球体が発する稲妻。それが、触手の動きを鈍らせ、絶好のチャンスを作りだす。


 ノアがガブを抱えながら、彼の袖を引き、その場から全速力で共に撤退した。


 漆黒の獣は、敵を眼の前で逃がし、またけたたましい咆哮を上げる。





 ◇




「……まずい」


 未だ、ドクタロプの何処かを徘徊していたルルワとセト。

 どこからか感じる殺伐とした空気を感じったのか、ルルワが顔を青褪める。


「……どうしたの?」

「何がまずいか分からない。けど……とりあえずまずい気がする」

「え……まずいって、どう?」


 ルルワは、ビルとビルの間に広がる虚空を、ひたすらに眺めていた。


「急ごう。はやく、はやく誰かと会わないと」



「あいつが、必ず僕たちを殺しにくる」 

  

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る