第5話 オーランの特技

 ダンジョンに入ってから三時間は経とうとしていた。魔術の灯りの照らされたダンジョン内は、天然の洞窟ような光景が広がっている。天上はそこそこに高く幅も広い。

 ルーファスが剣を振り回しても大丈夫なくらいの広さだ。


「ここまで何もないな」


 先頭を歩くルーファスが言う。五人は彼を先頭に、ゼフィア、ダガート。最後にメラニーとオーランが並んで歩いていた。


「分岐も少ないし、ハズレかもね」


 手元の鑞版を見ながらゼフィアが言った。鑞版には線が引いてあった。これまでの簡易的な地図だ。


「ダンジョン内の魔力マナも決して薄くはないはずなんだけど……」

「その割には魔鉱石も魔草もないのう」


 オーランの言葉を受けてダガートが言う。魔鉱石とは魔力マナを含んだ鉄鉱石のことだ。迷穴型のダンジョンで見つかることが多く、精錬すれば普通の鉄鉱石よりも上質な鉄になる。

 魔草は同じく魔力マナの影響を受けて育った植物のことで、種類によってはポーションの材料となる。


「それどころか魔物とも出会わない。まぁこっちは楽でいいが」ルーファスが言う。


 迷穴型のダンジョンには独自の生態系が築かれていることが多い。外の世界ではあまり見かけない魔物は珍しい素材になる。


探知師ダウザーって水脈や鉱脈を見つけるのも得意なんでしょ? ダンジョンの中にある魔鉱石を探知ダウジングで探せないの?」

「ダンジョンの中だと無理かな」メラニーの問いにオーランが答える。「迷脈の魔力マナに強く反応してしまうから」

「なら外にいる時は? ダンジョン見つけるついでに鉱脈があれば、魔鉱石もあるんじゃないの?」

「それこそ無理だな」


 今度はオーランの足元から別の声が聞こえた。ファルサだ。


「お前ェも魔術師メイジならダンジョンが迷界めいかいにできるのは知ってんだろ? 今俺たちがいるのは重なり合った別世界だ。迷脈を頼りにダンジョンを見つけられても、中にあるものまでは分からなねぇ」

「だからこうやって調査するんだしね」ファルサの言葉をオーランが継ぐ。

「あなたいたんだ。いままでずっと黙ってたから外にいるのかと――え?」


 声のした方を見てメラニーが絶句する。オーランの足元にいたのは黒い鳥ではなく、黒い猫。だがそこから聞こえて来る声はファルサのものだ。


「なんだ小娘」

「あなた鳥じゃなかったの!?」

「俺様は変幻自在なのさ」


 そう言ってファルサは頭を上げ、得意気に胸を張る。


「なにそれ!? 使い魔が主人以外と喋るってだけでも驚きなのに、本当にあなた探知師ダウザー? 話すどころか姿まで変える使い魔なんて、まるで大魔術師アーチメイジヴァーノンみたい。……そう言えばヴァーノンの使い魔も同じ名前だったわよね」

「ああ、そりゃ――」

「僕はしがない探知師さ。魔術師のなりそこないだよ」


 ファルサの言葉に被せるようにオーランは言った。


「それよりも君は気づいてる?」

「え? 何に?」

魔力マナの流れだよ」


 言われて、メラニーは軽く目を閉じる。そしてすぐに開くとオーランを見た。


「……奥に向かって流れてる?」

「うん。迷脈とは別に流ができてる。まるで――」

「集めてるみたい」

「ルーファス!」

「どうした、オーラン?」


 先頭を歩くルーファスが足を止めて振り向く。


魔力マナの流れ方が変だ。この先に何かあるかもしれない」

「わかった。少し速度を落とすぞ。ゼフィア、斥候を頼めるか?」

「任せて。メラニー、あなた付与呪文エンチャントスペルは使える? 視覚を強化してもらいたいんだけど」

「使えるけど……あまり得意じゃないの。付与エンチャントは繊細な魔力マナ制御が比必要でしょ。あたし、お祖父じいさまみたいに魔力マナの制御得意じゃないし、この辺りは随分と魔力マナも濃いし、うまく魔力マナ量を調節できないかも。

 だからお祖父じいさまみたいなサポートは……ごめんなさい」


 メラニーが申し訳なさそうに言う。彼女は俯いて唇を噛んでいた。自分は祖父の代わりとしてこのパーティに参加しているのだ。同じ事を求められる覚悟はしていた。だが、これまでの失敗がメラニーを萎縮させていた。


「謝ることはない。初日に言ったろ? シェリダンの孫だからって、同じ事をしなくてもいい」ルーファスが明るい声で言う。

「でも、パーティとしてのやり方が……」

「新しいメンバーが入ったんなら、それに合わせて変えていくだけだ。それに――」ルーファスは笑顔を向ける。「お前はまだ若い。これから色々な経験を積んで自分なりのやり方を目指せばいい」

「ルーファス」


 メラニーは顔を上げて、驚いたようにルーファスを見る。


「そうそう。できないことをできないって言うの、大事よ。そうすれば別の方法を考えられるんだから」ゼフィアがウインクをしてみせる。

「人には得手不得手があるからのう」ダガートが頷く。


 ルーファスもゼフィアもダガートも、誰も彼女を責めてはいない。今までの参加したパーティのように文句を言ったりはしない。祖父と比べたりはしない。

 メラニーの目の回りが熱くなった。


「今回はオーランもいるし、彼にお願いしましょう。いい?」

「ああ。ゼフィアちょっとこっちまで来て」


 ゼフィアがオーランの近くまでやってくる。オーランは腰の後ろに刺していた探知杖ダウジングロッドを取り出した。先が二叉に別れた四十センチほどの杖。向かい合う形で弧を描く先端には魔力マナの糸が蜘蛛の巣のように張られている。その中央には黒水晶。


 糸がその輝きを増した。オーランが杖を振ると糸がいくつも伸び、ゼフィアの目をへと向かう。途中で糸は杖から切り離されると、互いに絡み合い細長い、小さな布の様な形を作る。

 その布がゼフィアの両目を目隠しのように覆った。刹那、光が消え、魔力マナで編まれた目隠しも消える。


「うん。バッチリね」


 進行方向の先、暗いダンジョンの向こうを見ながらゼフィアが頷いた。


「ちょっと行ってくる」


 そう言ってゼフィアは足音を立てることなく暗闇の中へと消えていく。


「あなた……何をしたの?」


 メラニーが慌てたようにオーランを見る。先程まで感じていた感情は吹き飛んでいた。


魔力マナで視覚を強化したんだ」

「強化した……ってあなた。魔力マナはないって。それに呪文!」


 魔術が効果を現すには呪文によって魔力マナに形を与えなければならない。呪文は魔術の設計図のようなものだ。通常、呪文を唱えることなく魔力マナに形を与えることはできない。


「こいつはな魔力マナは持ってないが、その場にある魔力マナを望んだ形に変換できるのさ」ファルサが言う。

「それって呪文がいらないって……あ」メラニーが何かに気づく。「もしかして宿屋で言っていた企業秘密って、これのこと?」

「そうだね。ダンジョンの中くらい魔力マナの濃い場所に限定されるけど。だからさっきのは魔術じゃない。あくまで魔術もどきさ」


 そう言って、オーランは寂しそうに笑った。彼にとっては知られたくないことだったのだろうか? そう言えば宿屋でファルサの言葉を遮っていたのをメラニーは思い出す。


「なんかごめんなさい」

「え?」


 謝られたオーランは不思議そうな顔をした。


「だって、知られたくなかったんでしょ? 宿屋でファルサの言葉を遮ってたし」

「ああ」オーランは彼女がなぜ謝罪したかに気づく。「あればファルサが余計なことまで言おうとしたからだよ。企業秘密こっちの方は一緒にダンジョンに潜れば嫌でも見せることになるから、気にしないで」

「そう……」


 それ以上何も言えず、メラニーは黙った。そこへ興奮気味な面持ちでゼフィアが帰って来る。


「みんな、なんか変なのいたわよ」

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