第4話 ダンジョンへ

 ルーファスたちの準備に二日。ガラオの街を出てから一日と半。一行は三日目の昼過ぎに、オーランの発見したダンジョンに来ていた。

 白い門が五人と一羽の目の前に建っている。扉には印形シジルが刻まれており、この門を造った探知師ダウザーが誰なのかを示していた。


「門をあけるよ」


 オーランが杖を突き出した。二叉に別れた杖の先、向き合うように弧を描くその中心には黒水晶が浮かんでいる。蜘蛛の巣状に張られた魔力マナの糸が黒水晶を保持しているのだ。

 魔力マナの糸が光を放った。それと同時に扉が中心から割れる。黒い入り口がその姿を現した。

 入り口の大きさはオーランより一回り大きいくらい。偉丈夫のルーファスでも充分入れる高さと幅があった。


「ここからは必要最低限の荷物だけだ」


 ルーファスの言葉に、一同は装備の選別をする。

 ルーファスは肩から腹部までを覆っている硬質な革ハードレザー製の鎧を着ており、手足には同じ革製のガードをつけていた。頭には簡易的なヘルムを装備している。武装はブロードソード。


 ゼフィアは柔らかい革ソフトレザー製の胸鎧。手足にしているガードも柔らかい革ソフトレザー製となっており、ルーファスより動きやすい装備をしていた。腰には大ぶりの短剣と矢筒。背中に弓を背負っている。


 ダガートは祭服の上に鉄製の胸鎧を着ており、頭部もオープンフェイスの兜を装備していた。腰に下げているのはメイスだ。

 メラニーはローブと身の丈より僅かに杖を持っている。


 皆、飲料水代わりのワインと僅かな食料。火口箱やロープなどが入った小さな背嚢を背負っていた。

 オーランは前回と同じ旅装だった。その肩にはファルサが乗っている。


「じゃあ行くよ」


 オーランを先頭に門を潜る。その先はやはり暗かった。剥き出しの岩を踏んだ感触だけが、ダンジョンに入ったことを教えてくれる。


「メラニー、明かりを頼めるか?」


 一番後ろを歩くメラニーに向けて、ルーファスが話しかける。


魔力マナ魔力マナ。汝が担うは照らす光。〈グロウライト〉」


 メラニーの口から独特の旋律を伴った言葉が紡がれる。呪文により魔力マナに形を与えて現象を起こす。


「っ!?」


 昼間の太陽を直視したような眩い光が、メラニーの持つ杖の先に浮かび上がった。あまりの眩しさに彼女は驚いて杖を落とす。


「うおっ、眩し!」


 その音に驚いてルーファスたちが振り向いた。暗闇の中に突如生まれた強い光が皆の視覚を刺激する。


「い、いつもと同じように唱えたのに、なんでこんなに」

「メラニー。一度、魔術を消去キャンセルするんだ」


 慌てたようなメラニーの声とは対象的に、オーランが落ち着いた様子で言う。メラニーが慌てて消去の呪文を唱える。

 光が消え暗闇が戻って来た。


「いつも使う魔力マナの六割くらいで呪文を唱えてみて」


 オーランの言葉に従って、呪文に通す魔力マナを減らす。呪文を唱えると今度は柔らかい光が現れた。剥き出しの岩に囲まれた空間が光の中に浮かび上がる。


「……あ、いつもの光だ」安心したようにメラニーが言った。

「がはははっ。早速ダンジョンの洗礼を受けたの」


 ダガートが愉快そうに言う。ルーファスとゼフィアも笑っている。


「え? でも前にダンジョンに入った時はこんなことなかったのに」

「もしかして君が潜ったダンジョンって迷宮型?」

「ええ、そうだけど……なんで?」


 問いかけて来たオーランを見ながらメラニーが言う。光の中に浮かび上がるオーランは随分と血色がいいように見えた。表情も明るくて元気そうだ。


「迷宮型のダンジョンは、迷脈の魔力マナが無制限に流れ込まないように調整してあるからね。でないとダンジョン内で迂闊に魔術を使えなくなる。さっきみたいな暴発したりとかね」


 魔術とは呪文により魔力マナに形を与え現象を起こすすべだ。通常は術者が呪文を唱えると同時に魔力マナを込める。必要な魔力量は使う呪文と起こしたい現象の規模により変わる。

 魔力マナを込めればそれだけ大規模な現象となって顕現する。


「けど迷穴型は迷脈の魔力マナがそのまま流れてくる。ここはすごく魔力マナが濃いだろ?」


 しかし迷脈の通っている場所のように魔力濃度が高い場所では、周りの魔力マナが呪文に引きずられてしまうことがある。

 それが魔術の暴発だ。


「だから迷穴型のダンジョンで魔術を使う時は、まずいつもの半分以下の魔力マナで呪文を唱えてみるといいよ……ってどうかした?」


 饒舌になったオーランを見て、メラニーは呆気にとられている。


「なんだか機嫌良さそう――っていうか随分元気そうだなって……」

「ダンジョンの中は魔力マナが特に濃いからね。調子がいいんだ」

魔力マナが濃いと調子がいい?」

「さて、進むぞ。みんな時計は準備できたか?」


 オーランが答えるより先に、ルーファスが皆に問いかけた。メラニーたちは慌てて背嚢の横に吊してある小さな砂時計を回す。小さいが、一日かけてゆっくりと落ちていく特別製だ。ダンジョンなど外の様子が分からない場所での時間の確認に使う。


「今回の調査の期限は一日。進める範囲までは進む。装備的にもそれ以上の深入りはしない。いいな?」


 ルーファスの言葉に四人は頷いた。

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