最終話 ミミックさんは今日も楽しく働いている

 今日から僕は茶色の木の宝箱ではなく、緑に塗装された宝箱に成れる許可を得ている。


 先日のダンジョンでの戦闘を以て、ついに新人研修が終了したのだ!


 とはいっても、仕事内容は魔石の配給と調査、その他見回り等の雑用がメイン。

 僕の目標のダンジョンミミックになるには、まだまだ時間がかかるだろう。


 ダンジョンミミックとしての仕事を体験させてもらって感激したし、やっぱり目指すべきはそこだと再認識したけれど……同時に自分の力不足も痛感した。


 だから、与えられる仕事に異議なんてないし、ここからまた新しい気持ちで、一つ一つの仕事を丁寧にやっていこうと思う。


 どんな小さな仕事だって、ミミックにとって大切な仕事。

 その言葉に、今なら深く頷けるから。



 ( 良い研修期間だったなぁ…… )


 そんな感慨深さを抱きながら、今朝はいつもよりも長めに水浴びをして、ピッカピカに磨かれた金属製の宝箱になって出勤する。


 どこからどう見ても、立派な宝箱。


( これでもう、ただの木箱だなんて言わせないぞ )


 決して、根に持っているわけではないけれどね…。



 □□□



「そういや知ってるか? ミミックパイセンの話。」


 始業前ストレッチの途中、僕の舌を引っ張りながら、ミミック先輩が言った。


「え? ミミックパイセンどうかしたんですか?」

「ついに昇進だってよ。第九支部へ移動だそうだ。」

「第九支部!? 魔王城のすぐ側じゃないですか。」

「あぁ。つーか、ミミックパイセン程の奴が、第一支部こんな所に配属されてたのが可笑しいんだけどな。」

「……そっかぁ、ミミックパイセン居なくなっちゃうんですね。」

「お前、寂しがってる場合じゃねーぞ?」

「え?」

「あのなぁ―――」


 ミミック先輩が何か言いかけた時、始業のチャイムがなった。

 集まっているミミック達が一斉に持ち場に整列する。


「全員いるかー? んじゃ、朝礼を始める。まずは擬態練習から、よーいはい!」


 今朝もミミック部長の号令で開始される擬態練習。

 苦手だった擬態も少し自信がついてきた僕は、今日は一度も注意される事は無かった。


「あい、終了。お前らちょっと弛んでるなー。……まぁ、仕方ねぇか。んじゃ、連絡事項だ。もう知ってるかもしれないが、ミミックパイセンが明日から第九支部へ移動することになった。 ミミックパイセン、前で挨拶するかー?」

「いえ。特に話す事は無いので。皆達者でな。」

「そうかー。じゃぁ次、ミミックパイセンが居なくなる分の補充は無い。代わりに、新人の研修明けたから、これからはガッツリ現場に出てもらうぞー。ミミック先輩も現場に戻るから、皆、新人に厳しくフォロー入れてやってくれー。」


( ……………… )


 憧れの人が居なくなってしまう。

 頼りになる先輩とも、行動が出来なくなってしまう。

 

 ……僕一人で出来るだろうか?


 浮かれた心で見て見ぬふりをしてきた事実が、言葉として振って来ると、急に不安が押し寄せてきてしまった。


「それから、エネミー界もノーザンギョーデーが提唱され始めた。ダンジョン常駐以外はなるべく残業すんなよー。」


 ミミック部長の連絡事項はまだまだ続いていたが、あまり頭に入らなかった。



「……人……おい……おい、新人っ!!」


 隣から大きな声を掛けられてハッと我に返ると、朝礼はすっかり終わっていて、ミミック達は持ち場へと解散していた。


「ったく、だから寂しがってる場合じゃねぇっつったろ。ってか、お前さっそく今日から単独だぜ? そんなんで大丈夫か?」

「え、あ、はい。頑張ります!!」

「……まぁ、いいや。でな、今日なんだが、なるべく早く仕事を終わらせてここに来い。金の心配なら要らねぇから。」


 渡されたのは、高級魔石を扱っている飲食店の地図。


「あ、ヤベ。もう行かねぇと。んじゃ、来ないと一生後悔するからな!」


 理由も言わずに立ち去って行くミミック先輩。

 部屋に一人立ち尽くす僕に、ミミック部長が怪訝な顔で咳払いをした。


( そうだ。仕事をしないと! )


 僕は配給用の魔石を用意して部屋を出た。

 後ろから誰も付いて来ない事に感じる寂しさに、背筋をシュッとし、身を引き締めて。



 ***



「おい、そのくらいにしろ。新人が来る前につぶれるぞ?」

「いいんすよ。どーせあいつが来たらミミックパイセン取られるんすから、その前に少しくらい俺に付き合ってくださいよ。」

「もう十分付き合ったと思うが?」

「つれないっすね……新人にそっくりだ。いや、新人がミミックパイセンを真似てんすかね? まぁ、どうでもいいか。とにかくです、ミミックパイセン、ほんと、長い間お疲れさまでしたぁ!! 俺のせいで、本当に迷惑かけました。」

「お前、まだそんな事言っているのか? あれはお前のせいじゃない。お前を守り切れなかった俺が責任を負うべき案件だった。それに、第一支部も悪くなかったよ。面白いもんも見れたしな。」

「バイセンっ!! ……改めて第九支部、昇進おめでとうございます。」

「あぁ、次はお前だぞ。」

「……俺は、いいっす。第九支部なんか行ったら忙しすぎてキャバクラサキュバスの館行けなくなるんで。」

「お前なぁ……」

「それに、俺にはまだ面倒見なきゃならん奴いるんで。あいつが去るまでは、第一支部ここに居ますよ。」


 ミミック先輩とミミックパイセンの会話を、僕は物陰からそっと聞いていた。


 一人仕事初日、ハプニングもあったがなんとか定時で切り上げて呼び出された店に着くと、既に酔っ払い状態で絡むミミック先輩と、それを嗜めるミミックパイセンの姿があって。


 なにやら大事そうに話し込む二人を前に、僕は出るタイミングを失っていた。


( も、もういいかな…………? )


 言葉が途切れた隙を狙って、今しがた到着したかのように僕はその場に向かった。


「すみません、遅くなりました!」

「よぅ新人! 初日にしては早かったじゃねぇか。俺は明け方まで掛かるかと思ってたぜ。」

「今日は初日なんで、与えられたのは見回りと配給のみですから、流石にそんなにかかりませんよ!」

「んなこと言って、俺が居なくて寂しかったくせにぃ?」

「気色悪いんでやめてくださいミミック先輩。普通に出来ました。」


 良かった。

 すっかりいつものミミック先輩だ。


 ミミックパイセンと話している姿は少しセンチメンタルさがあったから、そのテンションで来られたらどう対応していいのか分からなかったのだ。


「えっと、ミミックパイセンお疲れ様です。あと、昇進おめでとうございます。」

「あぁ。新人も研修無事終了おめでとう。これから大変な事もあるだろうが、周りを頼って頑張れよ。」

「はい! ありがとうございます。」

「……なぁ新人。お前、俺とミミックパイセンと、対応違いすぎねぇ?」

「そうですか? 尊敬度の違いですかね?」

「はぁ!? ったく、お前ってなぁ……」

「で? あの、これはミミックパイセンのお別れ会ですか?」

「あぁ。後、お前の一人前…いや、半人前祝いな。今日は奢るぜ!!」


 ミミック先輩がニカッと笑う。


「そういう事だ。聞けば新人、お前粗悪な魔石をドリンクにして飲んでいるんだろ? その発想は面白いが、高級魔石の味も知っておいた方が良い。」

「わ、分かりました。」


 ミミックパイセンに勧められた、目の前の透明なグラスに注がれた氷のような小石達。

 一つ一つがツルンと丸みを帯び、光を反射して光り輝いている魔石を遠慮気味に取って口に含む。


 途端に一日の疲れが吹き飛ぶほどの魔力が体中に流れ込んだ。


「凄い!! 普段の5分の1くらいのサイズなのに、2倍くらいの魔力を秘めてますコレ!!」

「当ったり前だろ、高級魔石はただ丸っこくて食べやすいだけじゃねぇ。純度が高いんだよ。まぁ、値段は10倍くらいするがな。がっはっは。残りは持って帰っていいぞ。あ、間違ってもドリンクにすんじゃねーぞ。」

「しませんよ勿体ない。大事に食べます。ありがとうございますミミック先輩。」

「おぅ!」


 ミミック先輩は気前よく声を跳ねさせると、手元のお酒を流し込んで……潰れた。


「え!? ミミック先輩!?」

「放っておけ。お前が来る前から相当飲んでいたからな。」

「急いで来たんですがけど、待たせすぎちゃいましたか……」

「いや、こいつは今日、半休取って昼から浴びる程飲んでいた。お前が早かったから間に合ったようなものだ。」

「それなら良かったです。」


 どうしよう。


 言いたかった事、聞きたかった事、機会があったら話したいことが沢山あったはずなのに。

 これが最後の機会だと思うと、言葉がまるで出てこない。


( 何か……何か言わないと……)


「そういえば、どうしてミミックパイセンは第一支部にいらっしゃったんですか?」


 とにかく話題をと絞り出した言葉。

 僕はそれを、すぐに後悔した。


 誰がどこの部署に居るのかなんて、他者が干渉することではない。

 立ち聞きした話からしても、訳ありに決まっているというのに。


「す、すみません。失礼な事を!!」

「いや、構わない。むしろ、そうして勘ぐる方が失礼になる事もあるぞ。」

「あ……えっと…すみません。」


 見透かされている気持ちに、恥ずかしさで体に熱が回った。


「俺とこいつは、ここに来る前は第八支部にいた。」

「え、ミミック先輩もですか?」

「あぁ。こいつ、何も話していないのか。……なら、あまり勝手に話しては悪いか。」

「あ、それなら大丈夫です。興味本位で聞いただけなので。」

「だが………」


 お前には知っていて欲しい。


 と、ミミックパイセンは僕の顔をキッと見て、言葉を選びながら話を続けた。


「こいつはな、後輩を亡くしているんだ。」

「え……」

「不慮の事故……と、最終的には結論づいたが、その間には色々あってな。俺とこいつが、責任を取って第一支部へ左遷になった。」


 詳しい話を、聞けば教えてくれそうな雰囲気はあったけれど、合流前に二人が話していた話の内容からも、深堀するのは躊躇われ、僕は言葉を捨てた。


「俺はこいつが教育係をする事には反対だった。こいつも、初めは乗り気じゃなかっしな。だが、お前を見て考えを改めたらしい。見込みのある新人が来たって喜んでいたよ。お前が俺に憧れているから、是非見てやって欲しいって直談判しに来たほどにな。」

「え!? じゃぁもしかして、ミミック先輩はわざと捕まって僕の教育係を降りたんですか?」

「いや、それはない。あれは純粋に邪な気持ちから起こったあいつの過失だ。」


( なんだ、いい話だと思ったのに…… )


 僕の気持ちが筒抜けなのか、ミミックパイセンはフッと表情を崩した。


「だが、悪い奴じゃない。」

「ですね。僕は好きですよ。カッコイイミミック先輩も、かっこ悪いミミック先輩も。ミミックパイセンの指導を受けられなくなるのは悲しいですけど、今までが恵まれ過ぎていただけですし。ミミック先輩にも追い付いていないですからね、ミミック先輩で我慢します。」

「はっはっはっ。っとに、お前って奴は。」

「でも、いずれまたミミックパイセンの指導を受けたいので、僕が第九支部に行くまで、どうぞご健在でいてくださいね!」

「そうだな。だったらなるべく早く上がって来い。あまり遅いと、俺はさらに昇進してしまうかもしれないからな。」

「頑張ります。」

「あぁ。………新人、こいつの事、宜しく頼むな。」


 ミミックパイセンが、寂しいような困ったような、だけど少し温かいような、何とも言えないはにかみを浮かべてミミック先輩を横目で見ていた。

 そこに二人の確かな絆を感じる。


( いつか僕にもそんな風に思える仲間が出来るといいな。互いを信頼し合える戦友が……… )


 そんな事を思いながら、僕は「はい」とミミックパイセンに一つ返事を返したのだった。



 □□□



 ミミックパイセンが去った職場は、慌ただしくも大きな混乱なく通常業務が行われていた。

 僕もまた、割り振られた仕事を懸命にこなして役割を果たそうと努力している所だ。


「おーい、新人! 配給用の魔石の数合わないぞー?」

「え!? あ………すみません。昨日ダンジョンで予備の使ったのを申請し忘れてました。」

「おいおい、しっかりしてくれー。弛んでんじゃないのかー?」

「申し訳ありません。すぐに書類提出します!」


 ミスもまだまだ多いし分からない事も沢山ある。

 勉強の日々は続く。


「まぁまぁ、部長。新人君の配給は凄いんですよ。新任の配給は大体「不公平だ!」ってトラブルになるのに、新人君に対するクレームは今の所ゼロなんですから!」

「新人の配給は基準がきちんとあって分かりやすい。それに、余力に合わせて魔石の種類や大きさを変えるって案は画期的だった。」


 書類を作成する僕の後ろで、事務員ミミックが部長にフォローを入れてくれている。


「しかしなー。試しに導入はしてみたのはいいが、コストがなー。」

「それなんですがね、試算してみたところ、長期的に見ればトントン、もしくは安上がりになる場合もありますよ。」

「ほう?」


 新人の意見も、良いと思えば導入してくれて、それを否定せずに運営できる方法を模索してくれる第一支部のミミック達。

 なんて良い職場なんだろうか。


 僕は感慨深さに浸りながら、部長と事務員ミミックのやり取りを眺めていた。


「おいっ!」


 そんな僕を現実に引き戻したぶっきらぼうな声。


「何ですか? ミミック先輩。」

「何ですか? じゃねーよ。お前、これから俺と収集外回りだろ。いつまで待たせんだよ。」

「あ……すみません。」


 書き終わった書類を事務ミミックに提出し、支度をする。


「ったく、お前弛んでんじゃねーのか? そんなんじゃ、人間に捕まるぜ?」

「すみません。」


 なんだか今日は、謝ってばかりだな。


「……悩みあるなら聞くぞ?」


 単に気の緩みで呆けてばかりの僕を、何事かと心配してくれるミミック先輩に、胸がジンと熱くなって、こみ上げて来る気持ちをその場に居るみんなに聞こえるくらい大きな声で、僕は堂々と悩みをぶちまけた。


「この支部の人が皆良い人過ぎて、毎日仕事が楽しすぎて、僕は今、幸せすぎて困ってます!! こんな僕に良くしてくださって、ありがとうございます。」


 シーンと静まりかえる部屋。


「……そりゃ、大層な悩みだな。」


 ミミック先輩が、気恥ずかしそうにポツリと言った。


「はい! ですからこれからも、宜しくお願いします。」

「お、おう。」

「では、収集外回りへ行ってきます!!」


 気遅れしているミミック先輩を置いて、僕は元気よく部屋を飛び出した。



 いつか再び、ミミックパイセンの元で働きたい。

 そしていつか、第九支部のダンジョンで宝箱として働けたなら。


 そんな日を夢見てこの先も、僕は気の置けない仲間のいるこの場所で、与えられた仕事と真摯に向き合っていきたいと思っている。


「今日はどんな話が聞けますかねー?」

「お前なぁ、遊びに行くんじゃねぇんだぞ。」

「それ、ミミック先輩が言いますか?」

「じゃかしいわ!!」


 ミミックの職場は今日も賑やかだ。

 そんな職場で、僕は今日も楽しく働いている。






 □ あとがきの代わりに □

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 ミミックさんのお仕事物語も無事に最終話を迎えました。


 良いなぁ…楽しそうだなぁ…

 こんな職場で働きたいですね!!

 

 よろしければ本作の感想・評価など残していただけると嬉しいです♪



 初めから読んでくださった皆様。

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 皆様のおかげで、とても楽しく最終話まで書かせていただきました。

 たくさんの応援、本当にありがとうございました。

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新人ミミックさんのお仕事Days 細蟹姫 @sasaganihime

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