第9話 ミミックさん宝箱になる

 冒険者が、僕を見つけて近づいてくる。

 この瞬間、僕は極度の緊張に包まれる。

 微動だにしてはいけないと、思えば思うほど身体がウズウズと疼き出してしまうのだ。


「モジモジするな!」


 と、何度ミミックパイセンに注意されたか分からない。


( 僕は宝箱…… )


 ギュッと目を閉じて、冒険者が宝箱の蓋を開く瞬間を待ち続ける。

 そして待ちわびたその瞬間、緊張を解き放つように僕は一気に冒険者目掛けて噛みつくのだ!!



「うむ、中々良くなったな新人。」


 僕に腕を噛まれた冒険者…の役をしてくれたミミックパイセンが、腕に僕を引っ付けたまま褒めたたえてくれる。

 僕は急いで蓋を開けてその腕を解放してから、ミミックパイセンにお礼を述べた。


 只今絶賛、模擬戦中。

 洞窟ぽい壁紙の張られた訓練場で、僕はダンジョンミミックの真似事をしているが、これが正直、めちゃくちゃ楽しい。


「蓋の稼働もだいぶスムーズになった。」

「ミミックパイセンが自宅で出来るストレッチを色々教えて下さったおかげです!」

「ちゃんと継続したお前の成果だ。」


 ちょっとした休憩。

 その時、訓練場の扉がコンコンと叩かれて、事務ミミックが現れた。


「ミミックパイセン、新人ミミック。申請中の収集品が手に入ったと連絡がありましたよ。」

「精霊石が!?」

「やっとか。良かったな新人。」


 戦闘訓練が楽しすぎて若干忘れていたが、収集係に収集依頼した精霊石は、それ自体はそう珍しい物でもないらしいのだけれど、採取地が限られている上に近年の魔王軍侵略によって採取が追い付かず、現在は入手が困難になってしまっていると言われていた。


 収集が上手くいかなかった場合には、計画書の修正又は破棄をしなくてはいけないと言われていたから、入手できたという報告は吉報だ。


「ならば新人、今から収集係に行ってこい。もう一人で行けるな?」

「はい!」


 精霊石の存在は有名だから知っているが、実際に見るのは初めての僕。

 魔王の瘴気を打ち消すその石は、とても澄んだ神気を纏っていて、一目見るだけで心が洗われるような感覚に満たされるらしい。


 どんなものなのか、楽しみだ!



 □□□



 ミミック課・アイテム収集係。

 その部屋は、いつ来ても慌ただしくコール音と声が飛び交っていた。


 他部署と繋がる通信装置がずらりと並ぶ机。

 その一つ一つの前にミミックが座り込んで3コール以内に通信を始める。

 通信が途絶えたと思えば、再びなるコール音。

 声を荒げるミミックの横では相手には見えないのにお辞儀を繰り返しているミミックもいる。


 初めはその何とも言えない光景に圧倒され、ミミックパイセンの後ろで小さく息を殺していたけれど、危険な場所へ出向いて自らの足で収集を行ったり、オークションで目的の物を落札したりと、それぞれが得意分野を生かしながら、寝る間も惜しんで収集活動に明け暮れる姿を毎日見ていたら、そんな感情は消え去った。


 目的だったレアアイテムが入手できて皆で祝杯を挙げている姿をたまたま目撃した時は、何故か僕まで感激して涙を流してしまった程。

 通常のミミック業務とはかけ離れているが、これが無くてはミミックが成り立たない、本当に大切な仕事。

 そこで働くミミック達は、物凄い熱量を持って仕事に向かっているのだと知った。


「やぁ、新人君。待たせて悪かったね。ようやく手に入ったよ。」


 収集係のミミック係長が、柔らかい物腰で小さな箱を手渡してくれる。

 中にはうっすらと緑がかった淡い藍色の石。


「これが精霊石……」


 直径2cm程の小さな宝石は、控えめながら繊細で強い輝きを放っていた。


「ミミックパイセンから聞いている被害の感じなら、その大きさで事足りるはずだよ。」

「被害の……そっか、アイテムだけじゃなくて、必要量なんかも熟知しているんですね。凄い!」

「あはは。君、素直だよね。まぁ、確かに僕らはアイテムについてあらゆる知識を持っていると自負しているけれど、現場の状況を探るのは専門外だからね。正確な調査報告がないと、適性アイテムを探し出す事も出来ないからさ。」


 どの仕事も凄いよ。

 と、ほほ笑むミミック係長の横顔


「僕、ミミックで良かったです!!」


 何故か感極まって、僕は声をあげていた。

 目が点になって固まるミミック係長。


「あ、いや、その……それぞれが得意分野を生かして、尊重しあって働いているって素敵だなって……なんか、すみません。」


 ぱんぱんに膨らんだ風船が音を立ててしぼむように、高揚した気持ちが一気に冷めて、恥ずかしさに俯いた僕。


「そうだね。どの仕事も、ミミックに欠かせない大切な仕事だ。どこへ行ったとしても、その気持ちを大切にね。」



 □□□



 諭すように優しく言ってくれたミミック係長と、その場に居合わせた何人かのミミックに精霊石のお礼を伝えて訓練場の戻ると、ミミックパイセンとミミック部長が真剣に何かを話し込んでいた。


「お、戻ったか。新人。」

「はい、戻りました。えっと、お疲れ様ですミミック部長。」

「うん、お疲れー。それで新人ミミック君。聞きたいんだけど、今夜予定あるー?」

「今夜ですか? 特にないですけど。」

「良かったー。それじゃぁ、今から帰って、夕方にまた出勤してくれるかなー?」

「へ!?」

「詳しくはここに書いてあるから。じゃ、ミミックパイセン、後よろしくー。」


 そう言って一枚の用紙を僕に手渡すと、ミミック部長は後ろ手に手を振って去って行った。


「えっと……?」


 とりあえず手渡された用紙に目を通す。

 というか、それは以前僕の書いた擬態計画書だった。


 尤も、色々なところに赤字で文字が足されたり、印鑑が押されたり、誰かのサインが書かれていたりして、僕が提出した時の面影は残っていなかったけれど。


「そこに足されている項目を読んでみるといい。」

「足され過ぎててどこの事だか……」


 自虐的に笑いながら、下の方に足された項目に目を落とす。

 確かここは空白になっていた場所だ。


( 何々……? 擬態実行予定日……今夜になってる。担当名が…… )


「僕!!」


 部屋に響く程の大きな声を上げて、僕は計画書とミミックパイセンの顔を交互に見た。

 それはもう、首を痛めそうな勢いで何度も。


「……首、外れるぞ?」

「いや、だって、ここに僕の名前が!」

「あぁ。そういうことだ。だからとりあえず落ち着け。怪我したら見学だぞ。」

「!?」


 僕はピタっと動きを止めた。


「お前、そんなんで大丈夫か?」

「…頑張ります。」

「まぁいい。今から戦闘の動きを通しで最終確認する。終わったらいったん解散して定刻に集合だ。」

「はい!!」



 □□□



 僕の研修の集大成。

 これから僕は、小さな洞窟の奥でダンジョンミミックになる。


「本当にこのダンジョンにその、精霊石とかいう物があんのか?」

「分かりません。けれど、流行り病をどうにかするためにも、今は噂程度でも真に受けなくては……」

「それで死んだら元も子もねぇけどな。あー、もうミミックにだけは会いたくねぇ! 宝箱は開けねぇ。ぜってぇ開けねぇ!!」

「……宝箱に入っていたらどうするんですか?」

「知るか!」


 遠くから聞こえる賑やかな声。

 今夜だけ開かれる小さなダンジョンへ挑む、冒険者AとBの二人の声だ。

 

『ありゃ、メロン姉ちゃんじゃねぇか。新人、お前やっぱ持ってんなぁ。』

『……ミミック先輩、集中してるのに変なこと言わないでくださいよ。』

『んなガチガチになってたら、上手くなんか行きっこないぜ。気楽に行こうぜ。』

『んー、君はもう少し緊張感を持っていて欲しいなーミミック先輩。それとももう少しダンジョンに居たかったかなー?』

『とんでもございませんミミック部長。今すぐ黙りますとも。』

『ったく、騒がしい。…良いか新人。落ち着いてさえいれば、お前は大丈夫だ。思うようにやってみろ。』

『はい。ありがとうございます。ミミックパイセン!』


 エネミーも罠もない洞窟の最深部にある部屋。

 そこで木箱になる僕を見守る、小石のミミック部長・ミミックパイセン・ミミック先輩。


 見守られている安心感と、見定められているという緊張感が、初めて冒険者と対峙する恐怖感に上乗せされて、僕は思わず身体を捩った。


「にしてもこのダンジョン、スライムすらいねぇな。」


 声と共に近づいてくる足音に、ジッとして居なくてはいけないのに、ジッとして居られない。


 これが最後と心に言い聞かせて、僕は大きく飛び跳ねて身体を揺らすと、そこでピタリと止まって見せた。


( 僕は、今から木箱……いや、木箱だけど立派な宝箱。僕は宝箱だ!  )


「この奥の部屋で最後の様ですね。エネミーもいないダンジョンなんて……」

「他の冒険者が根こそぎ倒した後なんじゃねぇのか?」

「だとしたら、精霊石も……」

「ま、最後の部屋に行ってみようぜ! って、うげぇ……」


 冒険者Aの視界に木箱の姿が入ったのを感じた。

 けれど、3度目ともなれば、流石に冒険者Aもうかつには手を出してこない。


「なぁ、開けなきゃ駄目か?」

「このダンジョン内に精霊石があるという噂の調査ですし、箱の中にあるかもしれません。確認はして帰るべきかと。」

「この宝箱がミミックの可能性あるじゃんか?」

「でもこれ、宝箱というよりはただの木箱ですよ。こんな箱に宝が入っている気はしないです。」


 ――― ガーン…… 


『どんまい新人!』


 ショックを受けた僕にすかさずミミック先輩の励ましが飛んでくる。


( 別にいいもん。研修が終わったら、木じゃなくなるし。 )


 絶対に戦闘を成功させて、研修を終わらせてやる!


 と、僕が気合を入れたところで、冒険者Aも覚悟を決めたのか恐る恐る蓋を開けた。


 ――― 木箱はミミックだった!


「うわぁ、やっぱりミミックじゃねぇかよっ!!」


 文句を叫びながら一歩後ろに飛んだ冒険者A。

 僕はその場で蓋を閉じて冒険者Aにかぶり付く素振りを見せる。


 コツンッ ガッ コンッ


 材質が木なので、格好いい金属音が出ないのが残念だけど、軽い音は洞窟内によく響いた。


「落ち着いて下さい。このミミックなら、私達でも倒せそうです。魔法で援護しますから、戦ってください。」

「マジかよ……」


 冷静な冒険者Bの分析に、怪訝な表情でため息を吐き出した冒険者Aは、それでも気を取り直して腰にぶら下げていた剣を抜いた。


 僕はそんな冒険者Aに、ミミック歩行で近づいていく。

 まだ魔法の練習をしていない僕に出来る事は、こうして近づいて噛みつくことだけだ。


( ルン・タ・ルン・タ…… )


 心の中でリズムを刻むと、上手く歩ける事に気づいてからは、ミミック歩行も苦では無くなった。

 声に出してカウントを取っていたら、ミミックパイセンに大笑いされたけれど。


「遅いぜっ!」


 近づいて噛みつこうと蓋を開いた僕を、冒険者Aの剣が叩いた。

 それで少し怯む僕。

 だけど、そのまま冒険者Aに再び噛みついた。


「ファイアーボール!」


 今度は遠くから冒険者Bが魔法を放って来る。

 火の球が飛んでくる、初歩的な魔法だ。


 数個飛んで来た火の球の一つが、僕の側面に見事にヒット。

 材質が木だから、これが良く燃える。


 一旦冒険者Aから離れて、僕は火のついた身体のまま冒険者Bの元へと飛び跳ねていく。

 歩きにくくはなったが、まだ大丈夫そうだ。


「きゃぁ!」


 その動きが予想外だったのか、驚きの声を上げた冒険者Bは手に持っている杖をブンブンと振るが、恐怖から目を瞑ってしまっている為全くと言っていいほど僕に当たらない。


 僕は大きく振られる杖の合間をぬって、冒険者Bに噛みついた。


「アツっ、イタっ、イタっ、アツっっ!!」


 火が消えていない為、ガブガブする時に近づいた火の熱さもちゃんと感じるらしい。

 人間って大変だな。


「こんのぉ!!」


 そんな事を思った矢先、冒険者Aが背後から僕を叩き切り、蓋がバリッと音を立てて破壊された。


「もう一発っ!!」


 地面に落ちた僕の箱部分を、更に上から真っ二つに叩き切る冒険者A。

 その後ろでは冒険者Bが再び魔法の詠唱をしていた。


「ファイアーボール」


 数個の火の球が、僕を目掛けて真っすぐに飛んでくる。

 それらが着火すると、既にバラバラになりかけていた木箱はその場で燃え上がる。


 これ以上出来る事は無い。

 戦闘不能だ。


『……い、いいですか?』


 僕は、控えめに伺いを立てる。


『『『 おう、ぶちかましてやれ! 』』』


 三人からの熱い声援。


 僕は最後の力を振り絞って、事前に渡されていた報酬、数枚の金貨と精霊石を吐き出した。


 チャリチャリチャリ……


 その音に、冒険者AとBは顔を見合わせて手を取り合う。


「「倒せたっ!!!!」」


 地面に散らばった報酬。

 それを感慨深そうに、大切に拾い上げた二人。


「あ、ありましたよ。これが精霊石です! 本当にあったんですね。」

「良かったな。これで親父さんも。」

「えぇ……町の皆さんの薬が、また流通するようになるはずです。」

「んじゃ、さっさと戻って報告しようぜ!」

「えぇ!」


 手に手を取って喜び合った二人は、そうして洞窟を後にする。


( なんだか、こっちまで幸せな気分になるなぁ…… )


 残骸になり果てた僕は、温かな気持ちで冒険者達の背中を見送った。






 □感謝とお知らせ□


 最新話お読みいただきありがとうございます。


 のんびりミミックさんのお仕事物語も次回が最終話の予定となりました。

 この優しい世界で、温かい気持ちで終われると良いなぁ。

 と、思うしだいでございます。


 よろしければ、最後までお付き合いの程お願いいたします。

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