第21話:恩師はいくつになっても恩師

「っとまぁこんな感じで、なんとなく雰囲気で納得させられたんだけど。普通に酷いよな」


「君主なんて、いつの時代もそんなもんでしょ。ちゃんと歴史勉強した?」


 寝起きの彼女はのんびりと毛づくろいをして出勤準備中。

 半分愚痴の入った俺からの報告を受けて、軽く笑った。


「確かに……う゛っ……いたた……」


 まぁそんなもんかなぁ。なんて考えていると、急に胃が痛む。

 やっぱり、胃に穴でも空いたかなこれ。


「胃薬飲んどきなさいよ。報告書はあとでいいから」


「ありがとう。大学と、テント村行ってくる……」


 でもまぁ、薬といえばやらなきゃいけないことがある。

 昨日タルヴォさんと分かれる前に貰った、流行病の薬のレシピを届けないと。


「大学? あぁ、さっき言ってたやつね」


「そう、教授に相談してくる。タルヴォさんの手伝いにも行くよ」


「無理しないでね、ほんと」


 それを言うと、ザフラは心配そうな顔をしつつ。

 俺の背中をぽふぽふと叩いた。


――


 久しぶりだなぁ我が母校。なんて感慨に浸っている暇はなく、何度も通い詰めた魔法薬学部に行く。

 幸い研究室の場所は変わっていなかったし、ロニア教授も元気に来ているようだった。


「おおぅ。アルバートくんじゃないか! 年取ったねぇ!」


「ロニア教授はお変わり無く何よりです。久しぶりなのに不躾ですが、少々お時間を頂きたく」


「公務員らしくなっちゃって! まぁいいよ!」


 教授は本当に歳を取ったようには見えず、相変わらず俺の肩をバシバシ叩く。

 本当に変わらないなぁと懐かしみたい気持ちもあるが、ぐっとこらえて。

 タルヴォさんと会ったことや、流行病の話をした。


「……本当かい? 義父とうさんが……」


「はい。病人を見捨てる訳にはいかないと。念のためレシピも貰ってきました」


 教授は珍しく眉尻を下げ、迷っているような顔をした。

 彼女が耳を切った理由を考えれば、そんな顔をするのもよく分かる。

 差し出したレシピを見た彼女は一度大きく息を吐くと、俺の手からひったくった。


「ふむ、知ってるやつだ。僕も手伝おう。君は森まで輸送する手段を整えてくれないか?」


「勿論です。神官の方々も協力してくれると仰っていたので、すぐにでも」


 ガチャガチャと戸棚を漁る教授は、神官という言葉に一瞬だけ手を止めて。


「意地っ張りの義父とうさんに、あの石頭たちがねぇ……僕は、良い教え子を持ったようだ」


「そんなことはないです。妹の病気の研究だって頓挫しましたし」


「解毒剤を生んだ君が、謙遜するのは良くないよ。君の悪い癖だ。僕くらい元気に楽しく、自信満々に生きたまえ!」


 どこか感慨深そうに、なんとなく話を続けて。

 テーブルの上に薬の材料を並べていく。


「婚約者にも似たようなことを言われました」


 元気をくれるその姿が、その言葉が懐かしくて。

 ついつい言葉が口を出ると、教授はいくつになっても輝く笑顔で、にかっと笑った。


「だろうねぇ、君は女を見る目があるな! そんなことより善は急げだ! 話してる場合じゃあなかったね!」


 よし、次はタルヴォさんのとこに行こう。

 教授に頭を下げ、背中を向けようとすると。


「あぁ、それとだ。これ、よく効くよ!」


「……?」


 小さな薬の瓶を投げつけられて、反射的に受け取った。


「顔色! 話し方! 歩き方! 魔力の流れ! 胃が悪いね! 違うかい?」


「……ありがとうございます、教授」


「その病は完全に気からだよ! お大事にね!」


 やっぱり、昨日の夜の出来事ストレスは胃に良くなかったらしい。

 小瓶を開けて飲み干すと、不思議と力が湧いてきて。

 乗合馬車も待てずに走って、公園に向かった。


「ロニア、手伝ってくれるのか。あいつらのせいで耳を切ったのに……」


「タルヴォさんの名前を聞いたら、すぐに手伝うって言ってくれましたよ」


「父として嬉しい限りだ。ところで孫弟子よ、お前の仕事は良いのか?」


「なんとかするよ。でも今は人命のが大事だろ」


「……お前な、お人好しなのはいいが……」


 とりあえず教授と話してきたと言い切って、ガサガサと戸棚を漁る。

 材料の表記名称はエルフ古語だが、幸いなことに俺は読めるので。

 タルヴォさんの呆れた声を聞きながら瓶を並べていると。


「やぁぁぁぁぁっと見つけましたよぉ! ここにいたんですね係長、結婚式の衣装合わせですよぉ!」


「アンナ?」


 なんか来た。

 久しぶりに見たら随分精悍な顔つきで、彼女は鬼の力で俺を持ち上げる。


「もう時間ないんですからぁ、仕事してる暇ないんですよぉ!」


「なんかジェフに似てきたな……」


「アンナ、連れて行け。その男はこの俺と娘を舐めていて気に食わん」


 タルヴォさんは少し笑うと、年寄りらしい憎まれ口で。

 しっしっと邪険に手を振って俺を追い出す。

 ついでにと、小さな手帳を渡してきた。


「これ、持っていけ。ちょっとしたアドバイスだ」


 ”エルノの落とし方”? なんか恋愛指南本みたいなタイトルで嫌だな。

 そんな事を思っていると、アンナが聞いた。


「もういいですかぁ? いきましょ!」


「いいぞ。これは俺の仕事だよ。手伝うって言ってくれて、ありがとうな」


 嬉しそうなタルヴォさんは、ロニア教授と同じように。

 ただ彼女より少し恥ずかしそうに、にこっと笑った。

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