第22話:結婚式の準備

「乗馬めっちゃ上手いな!」


「軍人家系ですよぉ! 義務ですぅ!」


 彼女の馬に載せられて、俺は郊外の催事課スタジオまで運ばれた。

 馬から降ろされてすぐに何人ものスタッフに囲まれ、楽屋に連れて行かれて。

 何が起こっているのか理解も出来ないまま服をすべて剥がれ、貴族みたいに何から何まで着せられた。

 女性スタッフが普通に裸の俺を見て、服のサイズを合わせてきたんだけど。

 この業界ではこういうの常識なのかな……なんて考えていたら楽屋の扉が開いて。


「ア、アル、どうかしら……?」


 え、なにこの、なに、天使なの? 超かわいいんだけど。

 いつもの凛々しく猛々しいザフラじゃなくて、なんか恥ずかしそうに純白のフリルやリボンに彩られた黄金の毛皮が可愛すぎる。

 マジでこれいいの? 俺のお嫁さんでいいの? やっべ、なんか川の向こうで死んだばあちゃんが笑ってるじゃん。

 あぁ、俺昨日そういやアレクシア様に殺されたんだっけ。


「どうなのかって聞いてるんだけど!」


「おぅふ」


 ザフラに頬をぺちんと殴られて、変な声が出た。

 無事現世に戻ってこられたようで、目の前の花嫁姿のザフラに向かって思わず手を合わせる。


「ごめんちょっと死んでた。ばあちゃんの顔見てたよ」


「生き返ったようでよかったわ。で、似合ってる?」


「綺麗だよ。ザフラ。惚れ直しすぎて死にそう」


 呆れた顔で、ちょっと照れくさそうに感想を聞いてくる彼女があまりに愛おしくて。

 ついつい口が滑るままにクサい言葉を吐くと、彼女はぽりぽりと頬を掻き、耳がデレデレと垂れていった。


「あんたも結構かっこいいじゃん。いつものスーツとそんな変わんないけど」


 お褒め頂き光栄にございます。とは思うけど。

 タキシードって言っても普段のスーツよりは上等なだけで、我ながらそんなに変わらないとは思う。


「男の礼服、もうちょいバリエーションあってもいいよな」


「それはそれで面倒くさいわよ?」


 あたしがこれ着るのに一時間くらい掛けたのよねぇ。

 なんて雑談をしていると、大きな音を立ててドアが開く。


「お! ふたりとも素晴らしいですぅ! ミルカくぅん! お化粧お願いしますねぇ!」


「おう! カンペキに仕上げてやるよ!」


「なんでお前もいんだよ」


「アンナちゃんに、スタイリストっていう仕事貰ったんだ。床屋やってたし、エルフは手先が器用だからさ」


「そいつは良かったな。今度はちゃんとした家住めよ」


 軽口を交わし合いながら、入ってきたエルフの軍団に身を任せて。

 色々塗られて、鏡に映る俺は微妙に男前になっているような気がした。

 良かったなぁミルカ。結構似合ってるぞ、その……よくわかんない道具がたくさん入ってるポーチとか。

 

「はい、準備できましたねぇ。しばらく楽屋で大人しくしててくださぁい。正直ふたりともいい感じですけどぉ、衣装崩れるんでぇ、まだ抱き合ったりしないでくださいねぇ」


 アンナは嵐のように去っていって。遠くから照明さんにダメ出しする声が響く。

 あぁ、そのうちジェフみたいなヤバい職人にならなきゃ良いんだけど。


「アンナったら、生き生きしてるわねぇ」


 部下の将来を心配していると、ザフラがしみじみと呟く。

 抱きしめたくなっちゃうから、そちらを見ないようにしていたけれど。美しく毛並みを整えられた彼女の横顔は、キラキラと輝く金色の光を放っていて。あわてて目を逸らした。


「天職なんだろうな。催事課に返すか?」


「本人が望めば、いつでも返すわよ。ちょっと寂しい?」


「そりゃあ、部下の異動はいつだって寂しいよ。手が掛かる奴ほどな」


「あー、それ分かるわぁ」


 一緒にしみじみとしていると。

 ザフラが少しだけ話しづらそうに、俺の顔を見た。


「異動と言えば、あんた、捜査局からご指名スカウト来てるの知ってた?」


 なんだ。そんな事か。


「少し前に、ヒルダさんから来た。断ったよ」


「いいの? 給料いいのに」


 断った時、今の仕事が楽しいといったのは本当だ。

 ただもう一つ、もっと大きな理由がある。


「お前の顔を見れないのは寂しい」


「はー! かっこいいこと言っちゃって!」


 本音なんだよぉ。茶化すなよぉ。なんて思うけど。

 耳がぱたぱたしてるから、本当に大喜びしてるんだろうな。


「俺は、お前についてくよ」


「アルったら……もう」


 我ながらキザだなぁ。ちょっと恥ずかしくなってきた。

 抱きしめたいけど、牽制されているのを思い出して、ぐっと堪える。

 手を広げた彼女もそれを思い出したようで、慌てて引っ込めた。

 そんな風にもじもじしていると。また楽屋の扉が開いた。


「はいはぁい、そろそろ舞台行きますよぉ!!」


 スタッフさんたちに手を引かれ、眩しいほどの照明の中にぽつんと置かれた椅子に座る。

 俺たちの視線の先にアンナが居て、何か、レンズの付いた箱のようなものをこちらに向けていた。


「動かないでくださいねぇ。これ、”カメラ”って言うんですってぇ。人物を撮るのは世界初ですってよぉ!」


「カメラ? なにそれ?」


「今日この日を永遠に残せるらしいですぅ。まだ発表されてないみたいですけどぉ、アレクシア様からのプレゼントだって、わざわざ皇室庁が持ってきてくれたんですよぉ」


 なんかよくわかんないけど。

 俺とザフラは寄り添って座った格好のまま、棒を入れられ固定され。

 その作業が終わると、アンナはスタッフに向けてぐっと親指を立てた。


「じゃ、三十分くらい座っててくださぁい」


「は? そんなに?」


「あーっ!! 喋らないで、顔も変えないでくださいねぇ!!」


 固められたままの三十分は、永遠かと思うほど長かった。

 途中で寝ないようにと、アンナは持ってきたシンバルを定期的に叩いて、俺たちの意識を繋ぎ止める。

 なんの拷問だよと割と本気で苛ついてきたところで。彼女は箱を確かめ、笑顔で手を振った。


「はぁい、良いですよぉ。衣装合わせはこれで終わりですぅ」


「つ、疲れた……」


「もう二度と撮りたくないわね……カメラ……」


 二人して自由になった手をぐるぐる回していると。

 アンナが薄い紙を押し付けてきた。


「これ台本ですぅ」


「随分薄いな」


「セリフはこれだけ?」


 思わず首を傾げると、俳優でもないのに喋れないでしょぉ!? と怒られた。

 確かに、その通りなので、素直に頷いておく。


「おふたりは基本歩いて立ってるだけですけどぉ。ダンスの練習だけお願いしますぅ。出来なくても出来るまでやってくださいねぇ」


「あたしは得意だけど。あんたは?」


「……頑張るよ。やったことないけど」


 ”出来るまでやれ”と、段々師匠ジェフに似てきた部下の圧力。

 ザフラに教えてもらおうと、俺は色々と観念することにした。

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