第20話:お優しい暴君

(おい、国交省!)


(なんだよもう。ごらんの有様だよ)


 相変わらず喧嘩を続ける彼らを一旦放置して。


「なっ! 自分の兄を否定し蛇女に付くのか!」


「否定してなきゃ森出てねぇんだよ!」


 遠くで怒鳴り合う声を背中に、皇室庁の間者スパイに連れられ、レストランを出たところで。


(……嘘だろ)


(御本人様が、丁度ロビーにいらしたんだよ!)


 アレクシア皇女殿下、御本人様がいた。

 どうやら帝国ホテルのロビーで、大臣との打ち合わせをしたついでに来たらしい。

 全く気づかなかったが、タルヴォさんを背負った俺を見かけたようだ。


「アルバート殿。これは……なるほど」


 ちらっと扉を開けて喧嘩を見つめるアレクシア様は、相変わらず抑揚のない声で。


「大変申し訳ございません皇女殿下……これには事情がありまして……」


 さよならザフラ。ごめん。と謝り続ける俺に。


「いいえ。この話を明日、どうやって切り出せばいいのか悩んでいましたが……アルバート殿。勢いで片付けられる場を用意していただいて、感謝いたします」


 瞳孔を細めて、柔らかい布に包まれるような暖かな魔力を出して、扉を開け放つ。

 恐らく心からおっしゃられた、”感謝する”なんてお言葉を授かって、俺は腰が抜けて立てなくなっていた。


「タルヴォ殿、大神官殿。そこまでですわ」


「アレクシア……」


「蛇女! 失礼、アレクシア殿。見苦しい所をお見せしましたな」


 皇女殿下の声で、二人は振り返る。

 俺は完全に放心したまま、なんとなくそのお声を聞いていた。


「どうやらわたくしとエルノ族長が原因で、タルヴォ殿や皆様を巻き込み大変ご迷惑をお掛けしたようで。申し訳ありません」


 すると、殿下は深々と頭を下げて謝罪なさる。

 皇室庁の男もその仕草に腰を抜かして、気づけば俺の横にへたり込んでいた。


「この度祝う編入協約の目的について、わたくしとエルノ族長がこの大陸を焦土にしないためだと、みなさん思っていることでしょう」


(なぁ皇室庁、違うの?)


(表向きはそう。ただ、実際は少し違う。聞いてろ)


 タルヴォさんから聞いた分の話と、歴史を勉強した感じではその想像しかできなかった。

 ただ皇室庁的には、本当の理由を知っているようで。

 アレクシア様は静かに続けられた。


「端的に申し上げますと、わたくしとエルノ族長の戦争の続き……”どちらがより殺すかではなく、今度はどちらがより民を豊かにできるか”、という競争ですの。皆様を意地の張り合いの道具にしたことは申し訳なく思いますが、この百年、わたくしは精一杯取り組んできたつもりですわ」


 なるほど。となんとか頷く。

 隣の男がやれやれと、ため息を吐くのが聞こえた時。

 タルヴォさんが口を開いた。


「なら尚更、兄貴の負けだろ、なぁ、みんな」


 大きく手を広げて、同意を要求する。

 神官たちはしばらく考え、話し合い、今日の俺の接待を思い出したようで。

 やがて大神官が代表して、何度か小さく頷いた。


「不本意だが、今日は散々楽しんだからな……ただ、族長は負けなんか認めないだろう。族長なりに頑張ってきたのは事実だ」


「そう、誠に不本意ながらわたくしたちは似た者同士。逆の立場であれば、わたくしも絶対に、絶対に負けを認めないでしょう」


 んまぁ、負けず嫌いだろうな。エルノ族長。

 ただ、アレクシア様も全く同じ人種らしく。背中から立ち上る魔力が、まるで燃え盛る怒りを映し出しているようだった。

 恐怖が場を支配し、皆が息を呑んだところで。その御方はくるっと俺の方を向いて。

 すっとその虹色のお手を、俺に向けられた。


「と、言うことでこの度、わたくしは表に出ず。臣民にやらせることに致しました」


「……私を指しましたでしょうか、アレクシア皇女殿下」


 慌てて立ち上がり、どういう事かと聞きたい気持ちを全力で抑えて頭を下げる。

 満足気に頷かれたアレクシア様は、踊るように手を広げられて。


「このアルバート殿ほか、わたくしの臣民が、わたくしの作り上げたこの帝都が、エルノ族長を満足させてみせますわ。わたくしの言葉より、臣民からの方がご理解頂けるでしょう? 現に神官に長老の皆様、本日の彼のエスコートはいかがでしたか?」


 抑揚のないお声、感情のないお顔からも分かるほど、勝ち誇ったように宣言なされた。


「……素晴らしかった、としておく。特に今日出た料理の数々は、我々の文化をよく学び、よく応用したものだ。競争だと言うなら我々の負けだな」


 大神官は、素直に負けを認めた。圧倒的強者の前で、嘘をつく理由がなかったのだろう。

 ますます満足そうに、麗しい唇を舐め瞳孔を細め、皇女殿下はタルヴォさんを指された。


「それにタルヴォ殿を探し出し、仲直りさせようとここに呼んだのは彼ですわ。貴方がたの苦しんでいる流行病、彼の知識抜きで解決できますの?」


「それは……」


 そんな事を考えていたわけではないが。成り行きに従って、とりあえず頭を働かせる。

 戸惑う大神官が困ったように考え込み、彼と喧嘩していたタルヴォさんが自分から言い出せなくなっているのを見て、俺はとっさに助け舟を出した。


「薬は、提供しますよね?」


「当たり前だ。見捨てるわけないだろ。……どれくらい必要なのか言え」


 そう言うと、彼は大神官に向けて手を差し出した。

 二人のエルフは少し睨み合うと、握手を交わす。


「エルフの皆様。ご納得頂けましたら、互いに握手をしましょう。共に歩いていくことを、エルノ族長に認めてもらう。その決意を表しましょう」


 その握手を見て、これは都合がいいと思われたのだろう。

 アレクシア様は、なんとなく良いことを言った風に皆に握手させて、ご自身もその輪に加わった。

 そして俺に向かって軽くウィンクをなされて。

 随分とご機嫌良さそうに、楽しそうに去っていかれた。


「良かったなぁ、国交省。あれ、凄まじく機嫌いいぞ。三十年前に電気の法則が見つかった時以来かな……」


 そんなに歴史的快挙だったの? まぁ、エルフに負けを認めさせたわけだしなぁ。

 結局翌日の会談の内容はこれだったらしく、早朝には神官たちを送り出して。

 俺もやっと解放されて、報告書も作る気力がなかったのでザフラの家にお邪魔した。

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