第19話:神官たちと脱走者

「アルバート殿。今日は良き日であった」


「えぇ、大神官様。こちらこそ、本当にありがとうございました。明日のアレクシア様とのご会談は……」


 お互いに深々と礼を交わし合い、明日の予定を告げる。

 儀礼的で事務的なやり取りの最後に、彼は聞いてきた。


「君は同席するのかね?」


「とんでもない。あの方とご同席など、流石に私のような者では」


 いやいや流石に恐れ多いですよ。と返しつつ、ホテルの給仕に紛れた皇室庁の間者スパイに目配せする。

 彼は自然に寄ってきて林檎酒シードルを注ぎながら、俺たちの話に聞き耳を立てた。


「申し訳ございませんが、ご心配なことがありましたら、この場でお聞かせ願えますか」


「我らはアレクシア殿と戦ってきたから、少し感情的になるかもしれない。だからできれば君のような、我々エルフのことを良く知っている方に同席して欲しいのだ」


「……なるほど。確認いたしますので、ぜひお食事なさってお待ち下さい」


 相談しよう、と彼を連れて裏に行く。

 人と鬼のハーフだろう彼は、難しい顔で手帳を開いていた。


想定マニュアルにはないな。確認する」


「どれくらい掛かる?」


「朝までには」


 皇室庁には同情するが、アレクシア様に直接仕えるこいつらは非常に堅苦しい。

 予定変更をこれから決裁に回しても、多分ギリギリまで決定しないだろう。

 しかしそれでは格好がつかないので、頑張ってもらうことにした。


「それじゃ遅い。食事の一時間でケリつけろ。もしアレならもう少し持たせてやる」


「……もう一時間追加してくれ、なんとか確認取ってくる」


 彼も俺の意図を理解したようで、なにやら手元で小さな機械を動かしていた。

 無線って言ったっけ。電信を応用した機材らしい。皇室庁ってすぐ最新機器くるからちょっと羨ましいな。


「頼んだぞ」


「お前も頑張れよ」


 そしてエールを交わし合うと、大急ぎで時間稼ぎ出来る心当たりを探しに走った。


「おいおい、何だいきなり。接待、失敗したのか?」


「大成功だった。んだけど……時間稼ぎのアイディアが欲しい」


 中央公園のタルヴォさんの所に走って、あと三十分。

 彼を無理矢理背負いあげて走りながら、何事かと聞く彼に簡単に事情を説明する。


「そんな事か。俺が行くよ。ちょっと話したいことあるし」


 すると、割と快く。

 しかし若干不穏な声で受けてくれた。


「久しぶりだな、みんな」


「た、タルヴォじゃないか! お前どこに行ってたんだ!」


「色々あってな。来てると聞いて、せっかくだし会いに来たんだが……」


 タルヴォさんが顔を出した瞬間、レストランは静まり返った。

 少し照れくさそうに久しぶりだとはにかむ彼は、きっと本当に懐かしんでいたのだろう。

 思い出話で尺稼げるぞと、心の中でぐっと拳を握りしめた俺だったが。


「薬の製法、全部持ち出しただろう! 流行病で何人倒れたと思ってる!」


「あれは俺の財産だし、弟子だって何人も残した。逃げられたのなら、それはお前たちが悪い」


「なんだと! お前が、我らを堕落させる悦楽薬オンネリネンの研究ばかりしてたのが悪いだろうが! 貴様の弟子も似たようなことばかりしおって!」


 急に始まった口喧嘩に、開いた口が塞がらなかった。


「無毒化研究をバカにすんじゃねぇよ! 確かにちょっと実験事故はあったが……それはそれだろうが!」


 タルヴォさん、多分その”ちょっと”に激怒してますよこの人達。とは言いづらくて。

 とりあえず暴れないよう羽交い締めにすると、彼は思い切り手足をジタバタさせながら怒鳴り続けた。


「それにエルノが英雄だと? 失恋してヤケクソになって鬼を裏切り、アレクシアに負けたくないからって帝国との戦争を長引かせた、ただ魔法が得意なだけのガキだろうが!」


 あーそれも言っちゃうかー。と、もはや他人事のように。

 これからどうしようかな。と仕事の失敗を悟り、地元で学校の先生にでもなろうかなと。

 現実逃避を始めた俺の肩を、誰かが叩いた。

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