第18話:本当にやるの?

 それからまたしばらく経ち、期限まで残り三週間。

 今日は事前視察をしに来たエルフの森の神官や長老たちを相手してきた。

 タルヴォさんのアドバイスに従って、彼らの宗教に反しないよう十分に気を使って。帝都を見て回り食事をした。

 特に食事関連が好感触で、昼食にお出しした帝国料理をエルフ風にアレンジした料理も気に入って頂けたし、豆乳クリームや帝国独自の果実酒を使った喫茶店のデザートは大好評だったようだ。


「いやぁ疲れた。我ながらいい仕事を出来たねぇ」


 原料の豆や果物の取引をしたいと申し出てきた彼らを農林省に取次ぎ、また夕方迎えに行くと言い残し。

 とりあえず事務所で休憩するかなと、一旦帰ってくると。


「おかえり。んでさ、アル。何か知ってる?」


「ん、何の話?」


「さっき外務省から来た最終決定稿、演目の中に結婚式ってあるんだけどさ」


 半口を開けた面白い顔で、ザフラが書類を読んでいた。

 ああ、外務省的にも最終承認したんだ。アンナお疲れ。なんて部下の労苦を心の中で労う。


「ふーん。帝国貴族風の結婚式はエルフ受けしそう、ってタルヴォさん言ってたしな」


 結局結婚式を題材にやるんだな。

 役者さんは誰だろう。なんて、彼女から書類を受け取ってペラペラとめくる。


「ん? ”帝国貴族の結婚式” 担当責任者:アンナ・ゴオウ……ってかあいつ総合演出にも名前あるじゃんすげぇな」


「まぁよく読んでみなさいよ。それ」


 建国以来帝国で行われてきた様々なお祭りを、森から来たエルフの皆様向けに紹介するとのことで。

 所々に書かれたアンナの名前を見つけて、思わず頬が緩む。あいつ、本当によくやったなぁ。

 それで彼女の初舞台の主演俳優は誰かなと指でなぞり、目を疑った。


「新郎新婦役、なんで俺とザフラが入ってんの?」


「あたしも聞きたいわよ。アンナどこ行ったの!? てかウチの大臣も何で判子押してんのよ!」


 本当にやるとは思わなかった。

 あれ以降俺は何も聞いていなかったが、ザフラにも言っていなかったようで。

 やってくれたなと、現実を受け止められずにお互い困り果てていると、急に事務所の扉が開いた。


「お呼びかねザフラくん。せっかくだし顔を見に来たが、納得していないようだな」


 彼女の叫びに応えて現れた、カンバール国土交通大臣は若干険しい顔で、大きな二本の角を光らせた。

 この大臣、軍人出身で文字通りの鬼軍曹だったらしく。ド迫力のバリトンボイスに俺もザフラも小さくなった。


「だ、大臣殿。失礼を致しました」


 非礼を侘びて、しゅんとザフラの耳が垂れる。

 それを見た大臣はくすっと笑い、そのまま半笑いで手を広げた。


「勝手に主演にされた君の言いたいことは分かるがね。いずれ本当に結婚するって言うんだから、別にいいじゃあないか」


 いや良くないだろ。と誰がその場にいらっしゃるかを考えて真っ青になった俺の横で。

 ザフラがそれを口に出した。


「い、いやしかしそんな……偉大なるハーフドラゴン様だって天覧に来るんですよ?」


「君は、時代が時代なら国を挙げて祝う名家の産まれじゃないか。アルバートくんも、叩き上げの参謀役が一国の姫を射止めただなんて、歴史物語ならファンが付くぞ?」


 すると大臣は穏やかな顔。褒め殺しってやつかなぁと、俺は思わず首を横に振る。

 それを咎めたのだろう。今度は思い切り険しい顔で、俺たちに人差し指を突きつけた。


「というかだね。エルフの森電化プロジェクトは我が省が主導しているのだぞ。式典だからといって外務省や儀典局に任せきりなど、我が省の誇りプライドに賭けて許さん。アンナくんはよく企画をねじ込んでくれたと褒められるべきだが、彼女の上司である君たちも何か行動すべきではないのかね」


 流石にここまで言われては何も言えない。

 ザフラの方をちらっと見ると、彼女も俺の方を見ている。

 顔を見合わせため息を付き、俺たち二人は諦めた。


「はい。俺たち二人、喜んで式を挙げさせて頂きます」


「……承知致しました。大臣殿」


「それで良い。しっかりと挑んでくれ」


 返答に満足して背中を向けたカンバール大臣は、軽く手を上げて。 


「それと、これは人生の先輩として言っておくが。なかなか良いもんだぞ」


 はっはっはと高笑いをしながら、扉の向こうに消えていった。

 俺とザフラは自分の椅子に座り込み、ぐでっとデスクに顎を乗せてぼやき合う。


「大臣様のお墨付きは流石に笑うしかないな」


「アンナ、ほんと何してくれてんのよ……」


「満更でもなさそうだけど」


 現実から若干逃避し、むしろやるしかないんだし、いっそやってやるかなと思ったところで。

 ザフラもそう感じていたようで、起き上がるとどこか楽しそうにこっちを向いた。


「実家にも話さず駆け落ち挙式……悪くないじゃない」


「本当に挙げる前には、ちゃんと挨拶に行くよ。平民だし人種も違うし、嫌がられるかもだけど」


「ウチ結構お硬いしねぇ。まぁ、心配してないわよ」


 そして俺の背中をぽんぽんと叩いた。

 反対されたらマジで駆け落ちしてやるー。なんて言い出した彼女を適当に相手して、俺は農林省にエルフ御一行を迎えに行った。

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