Chapter46. 真相の行方
それから1か月ほどが経った頃。
「社長。私と一緒に、北海道まで付き合ってもらえますか?」
小山田が、社員全員がいる中、蠣崎にそう提案していた。
「何故だ?」
訝しむ蠣崎に、彼女は短く答えた。
「証拠を掴んだから、です。それと居場所も」
「天崎か?」
「はい」
それだけで十分だった。
蠣崎はすぐに小山田に飛行機の手配を依頼。同時に、元の上司でもある松山にも連絡を取る。
彼は、
「わかった。俺も立ち合おう」
そう言って快諾した。
そして、事態は一気に北海道へ。
道東にある、地方の小さな空港に過ぎない。
蠣崎たちは、東京の羽田から直行便でここに向かった。供をするのは小山田、松山、そしてそれ以外に複数の警察官が同行した。見ると「警視庁」と書かれた制服を着ていた。
「彼らは?」
「警察庁組織犯罪対策第一課の警察官です。女の私一人ではさすがに何かあった時に対処できないでしょうし、元々、動いていたのは彼らです」
「つまり」
「ええ。天崎が犯人であるとの証拠を掴んだのも彼らです」
「罪状は?」
「国家に対する内乱罪、あなたに対する殺人未遂、その他多数。無期懲役もしくは死刑でしょう」
冷酷な言葉が彼女の口から漏れるが、それも当然のことを「彼」はやってきたのだから、報いだろう。
道東、女満別空港に降り立つと、9月になっていたとはいえ、空気感がまるで違っており、もう秋の気配が色濃く感じられた。
「残暑」という言葉自体が、元々、北海道にはない。
「お盆を過ぎると秋」と言われる、寒冷地の北海道において、この時期は朝晩が冷え込み、本格的な秋になるのだ。
空港からは現地の警察官が手配してくれた、パトカーに分散して搭乗した。
そこから遠軽町までは約1時間半程度の距離だという。
「北海道警察」の文字が書かれた複数のパトカーが車列を作って、北海道の雄大な自然の中を走る。
遠軽町。人口1万8000人ほどの小さな街だが、ここは蠣崎と天崎にとっても思い出の地だった。
北部方面隊の第2師団第25普通科連隊の駐屯地があるのが、この遠軽町で、二人は3年前まで同僚として、ここで過ごしていた。
パトカーがその遠軽駐屯地を横目に見て、何故か直進。
野球場の駐車場に入った。
えんがる球場、と書いてある小さな地方の野球場。
(何故、野球場に?)
蠣崎は当然とも言える疑問を抱かざるを得ない。
だが、小山田も警察官たちも、気を引き締めるように、それぞれの武装を改めて確かめ、次いで小山田が声を上げた。
蠣崎たちを運んでくれた、北海道警察の警察官たちも従った。
「蠣崎社長、そして松山さん。行きます。相手は武装している可能性もあります。くれぐれもお気をつけて」
珍しく、目力を込めたように、鋭い眼光を向けた。
そして、小山田を先頭に球場に入って行った。
その日は平日。
野球場自体が、「夏の甲子園の地方予選」が終わっていた影響もあり、付近の高校の野球部が使っている形跡がなかった。
だが、その割には、中から歓声というか、何かを叫ぶ声が複数聞こえてきていた。同時に金属バットの男が聞こえる。
つまり、相手は複数いる。
普通なら、増援を呼んでもおかしくない事態とも言える。
もし、相手側が重武装していたら、こちらの少人数では対処できないし、いくら組織犯罪対策第一課とはいえ、一警察官である彼らの武装は、PMSCのそれに比べて、貧弱だった。もちろん、北海道警察の警察官はただの一般警察官だ。
(大丈夫か?)
訝しる蠣崎に対し、しかしながら、小山田や警察官は、少しも動じていなかった。それどころか、小山田も、どの男たちも意志の強そうな瞳をしていた。
「確信」に似た感情を持っているかのように。
野球場のフィールドが見えてきた。
一塁側のベンチに入る。
こちらには人がいなかった。
反対側の三塁側ベンチにも人がいなかった。
一方、野球場のマウンドに立つ男が、1人。
内野に2人、外野に2人。バッターボックスに1人。
合計で6人。
つまり、非常に中途半端な人数だ。
野球というスポーツは、9人いないと成立しない。
そして、マウンドに立っていた男が、天崎だった。
ただし、天崎含め、野球場にいた男たちは、Tシャツにズボンというラフな格好で、どの男たちもユニフォームなどは着ていなかった。
「動くな」
彼ら、特に天崎が真っ先に気づいて、こちらを見たのと、警察官たちが銃を構えたのがほぼ同時だった。
複数の銃口が彼らに向けられる中、先頭に立つ小山田が、澄んだ、しかし冷酷な声を上げていた。
「天崎流馬、及びTLDの連中だな。内乱罪及び、蠣崎宗隆への殺人未遂の容疑で逮捕する」
だが、ここで思わぬ事態が起こった。
天崎が、懐に手を入れ、銃を取り出していた。
拳銃だった。
だが、他の男たちは観念したかのように動かなかったし、天崎もまた、その銃口を、警察官には向けていなかった。
彼は自分の額に銃口を向けていた。
自殺する気だと悟った、警察官たちが慌てて、
「銃を置け! 動くな!」
と緊迫感のある声を上げていたが、天崎は一向に動じる様子はなかった。
(マズい)
咄嗟に、蠣崎は危機感を感じる。
このまま天崎が死ねば、真相は闇の中になってしまうだろう。その真相とは、蠣崎の殺人未遂の件、国家に対するテロ行為ももちろん含まれる。
だが、そんな緊迫感の中、恐れていたことが起こってしまった。
―ガン!―
乾いた銃声が響いていた。
誰もが、天崎が自らを撃った音だと思っていた。
ところが。
「ぐぁ!」
苦痛に顔を歪めて、
発砲したのは、小山田だった。
この極度の緊張状態にありながら、彼女は寸分の狂いもなく、相手の銃だけを狙って、射撃していた。大した腕前だった。
瞬間、
「確保!」
複数の警察官たちが一斉に飛び掛かるようにして、天崎を捕らえ、さらに北海道警察の警察官も動いた。
後は、簡単に「捕り物」が始まり、すぐに全員逮捕されていた。
呆気に取られ、呆然と様子を見ている蠣崎に気づいた小山田が、ようやく安堵したように笑顔を浮かべていた。
「社長? 大丈夫ですか?」
「ああ。全然、大丈夫だが」
「だが、なんですか?」
「あっさりしてるな。いや、あっさりしすぎてつまらないな」
そんなことを口走る彼に、彼女は明るい笑顔で答えた。
「当たり前です。我々、警察をナメないで下さい。あらかじめ、連中がここにいること、武装が少ないことなど、すでに把握した上で動いてます。警察とは、『いかに被害を少なくして、確実に逮捕するか』がモットーですから」
「優秀だな」
「はい。腐っても日本の警察ですから」
誇らしく言う彼女の顔が、自信に満ちていた。
一方で、同行しながらも無言だった、松山が、
「まあ、銃撃戦なんて起こらないに越したことはないからな」
と妙に達観したように呟いて、笑顔を小山田に向けていた。
「はい。その通りです」
結局、あっさりと逮捕されていた天崎。
その後は、もちろん、東京に移送されることになり、裁判にかけられることになるのだが。
その前に。
蠣崎がパトカーに向かう途中で、口を開いた。
「天崎。何故、俺の命を狙った?」
天崎は、一瞬だけ蠣崎の方を見た後、つまらなさそうに天を見上げて、
「お前のことが気に入らなかったからさ」
とだけ呟いていた。
真相は、持ち越しとなりそうだったが、一連の事件に終止符が打たれようとしていた。
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