Chapter45. 演習事件

 約3年前の冬。2042年12月。

 蠣崎は、当時、北海道の遠軽町にいた。


 天崎と共に北部方面隊の第2師団第25普通科連隊に属していた蠣崎は、真冬に陸自の演習に参加していた。


 この第25普通科連隊は、北部方面冬季戦技競技会で破竹の11連覇を果たすなど、「スキーに強い連隊」と言われており、劣悪な北海道の真冬の環境のなかで鍛練を重ねたことから「風雪磨人」と異名があると言われていた。


 実際、冬季の北海道での鍛錬は、本州以南で言えば、1000メートル以上の山の上で常に生活するのと変わらないほどの過酷な環境になる。


 そんなすべてが「白」に染まる北海道の遠軽町の原野でそれは起こった。


 普通科連隊は、陸自の根幹をなす部隊で、つまり人員も多い。

 装備の中心は、5.56mm小銃や、ミニミ軽機関銃などの銃になるが、もちろん迫撃砲なども持っている。


 そして、その日は迫撃砲による演習が、近くの「山」で行われたのだが。


 北海道の内陸部は、冬にはすべてが「白」一色に染まるほど、場所によっては、大雪に見舞われ、「根雪」と呼ばれる、つまりは春まで一切「溶けない」雪が降り積もる。


 日本という国は、主に日本海側を中心に「雪」が降るのだが、北海道においてもその法則が生き、太平洋側は日本海側に比べると、積雪自体が少ない。


 つまり、札幌周辺のように、1メートルも2メートルも平気で雪が積もることは少ない。


 その代わり、マイナス20度を超す猛烈な寒さが襲ってくる土地であり、完全に日本的ではない、「亜寒帯」気候である。


 もちろん、陸自の彼ら隊員たちも、冬用の防寒着を着て、演習に参加したが。


 ここで、事件が起こる。


 迫撃砲が「暴発」したのだ。


 その時のことは、松山に言われるまでもなく、蠣崎自身が、嫌というほど覚えていた。


 何しろ、その暴発の被害者が彼だからだ。


 120mm迫撃砲を撃った瞬間、その砲弾が暴発し、蠣崎を含む9人が巻き込まれ、重傷者は蠣崎のみ。軽傷者が8人。


 蠣崎自身は、左腕を吹き飛ばされるほどの重傷を負い、「死」を覚悟した瞬間であり、その時の「狂った」ほどの痛みは一生忘れることはできない記憶として、刻まれている。


 その後、もちろん検証などが行われ、暴発の原因が調べられたが、結局のところ原因はわからなかったのだ。


 だから、あれは「不幸な事故」として処理されていた。


 しかし。


「もしも、あの時、砲弾を用意したのが、天崎で、お前を殺すために『仕向けられた』としたら、どうだ?」


「バカな。あり得ません。百歩譲って仮にそうだとして、何故ですか? 私には、天崎に命を狙われる理由がありません」

 当然、蠣崎は、説明を受けながら、そう食いついたのだが。


 説明をする松山の口からは、信じられない言葉が飛び出してきたのだった。


「天崎が、PMSCを作りたがっていたのは知っているか?」

「いいえ。知りません」


 それを聞いて、松山一佐が頷く。

「やはりか」


「な、何故……」

 もう蠣崎の口からは、その先が言えない状態になる。動揺を隠しきれない蠣崎に、松山が淡々と続ける。


「お前より先にPMSCを立ち上げ、それを隠れ蓑に、テロを起こす。それが天崎の計画だったとしたら?」

 蠣崎は、吠える。


「そんなの、松山一佐のただの『想像』ではないですか。お言葉ですが、証拠もなく、想像だけでそのようなことを語るのは、松山一佐らしくありません」

 しかし、松山はその反論を一笑に臥したのだった。


「証拠、と言えるかどうかはまだ確実には言えないが。状況証拠を掴んでいる者がいる。いずれそいつから話を聞けばいい」

「誰ですか?」


「お前がよく知ってる奴さ。小山田紗希子だ」

(やはり)

 もうここまで来ると、彼女が一番「怪しい」存在であり、情報を掴んでいるだろうことは予想が出来ていた蠣崎は、内心そう思っていた。


 ここで、件の威厳のある初老の男が制した。

「ありがとう、松山くん」

 そして、その男の瞳が、蠣崎に向けられた。


(陸上幕僚長か)

 蠣崎はその男が着ている、制服の襟に星が4つついていることを見逃さなかった。

 それは、彼が陸上幕僚長という、言わば陸自の組織のトップにいることを現していた。


「さて、蠣崎くん」

「はい」


「いまだに姿をくらましている天崎だが、現在、警察官僚とも連携を取り、奴を追っている。もちろん、演習時の疑惑の真相がどうであれ、奴自身は、テロ実行犯として逮捕出来る。その上で、小山田くんに立ち合ってもらい、真相を追及する。それが我々陸自の目的だ。協力してくれるね」


 蠣崎が、全く伺い知らないところで、これほどまでに事態が動いているとは、彼自身が思わず、面食らっていた。


「かしこまりました」

 もちろん、蠣崎自身が、当事者である以上、協力は惜しまないつもりだったし、それ以上に、天崎が「恨み」の対象になるくらい、蠣崎にとっては「仇敵」になっていることに驚かされていた。


 彼は、ひとまずこの会議に参加し、追加情報などを松山や陸自の幹部たちから聞いた後、解放された。


 別れ際、松山一佐は、彼を省内にある喫煙室に呼んだ。


 そこで、お互いに電子タバコを吹かしながら、話をしたのだが。


「小山田はどこまで知ってるんですか?」

「さあな。彼女に直接聞いてみろ」


「守秘義務と言われ、教えてくれません」

「まあ、あれは『堅物』だからな」

 松山は薄っすらと苦笑いを浮かべていたが、蠣崎にとっては、笑い事ではなかった。何しろ、自分の命が狙われていたのだから。


「まあ、今はそっとしておけ」

「今は? どういうことですか?」


 その問いに、松山は電子タバコを口から離し、紫煙を空中に吐き出してから、言葉少なく告げた。


「腐っても日本の警察は優秀なんだ。近いうちに証拠は掴むだろう。いや、もしかしたらもう掴んでるのかもしれんが。とにかく、警察が天崎を逮捕すれば、すべての真相はわかるだろう」

「……わかりました」

 とは言ってみたものの、蠣崎自身が、内心では納得がいっていなかった。


 真相がわからないまま、時が流れ、天崎は行方をくらましたままだった。

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