Chapter39. 8月15日迫る

 結果的には、「日本版司法取引」が成立した。


 これは、2018年6月1日から、施行されたいわゆる「日本版司法取引」で、「他人の犯罪事実を明らかにするための供述をし、その見返りに刑事責任の減免を受ける刑事訴訟法の新制度」と言われる。


 小山田は、懇意にしている、優秀な弁護士を、セルゲイにつけ、その弁護士とセルゲイが協力し、源田の「罪」を明らかにする供述をまとめ、それを裁判で発表したのだ。


 結果、懲役期間は減らされ、執行猶予つきになり、ひとまず刑務所に行かなくてもよくなった。


 もちろん、暗躍してくれた、小山田の給料を蠣崎は、約束通り上げていた。


 そして、いよいよその時が迫ろうとしていた。


 2045年8月14日。


 太平洋戦争の終戦100年式典の一日前。


 史実では、1945年8月14日。この日、終戦の詔書が天皇より出され、戦争終結が公式に表明された。 そして同日、天皇は詔書を録音し、翌15日の正午、その内容はラジオ放送、いわゆる「玉音放送」を通じて広く国民に報じられた。


 そして、この現代にあっては。


 蠣崎は、警備の打ち合わせをするために、再びカムイガーディアンズのメンバーとと、首相官邸に呼ばれていた。


 久しぶりに会った、女性首相の千本木真琴は、やや緊張したような面持ちに見えた。

 来たるべき、「時」に何かが起こると、予感しているかのような、真剣な表情であり、その日、警備を担当することになる、警察の特殊部隊、SAT、さらには銃器対策部隊と共に、蠣崎は会議に加わった。


 SAT。特殊襲撃部隊と言われるが、要は対テロ作戦を担当している、警察官の中でも、エリート中のエリートだ。

 銃器対策部隊、通称「銃対」とも呼ばれるが、これは各都道府県の機動隊等に設置される部隊で、SATの支援などを行う、対テロ作戦部隊だ。全国に2000名以上いるという。


 実際、彼らは、単なるPMSCの蠣崎から見ても、どの隊員も身のこなしや、体つきが尋常ではないように見えた。


 そんな中、千本木首相から明からされることになるのだが。意外なことになった。


「本来ならば、もっと前に警備体制については、知らせるべきでしょう。しかし、私はあえてそれをしなかったのです。もちろん、マスコミをはじめ、外部に情報が洩れることを徹底的に削減するためです」

 会議室のオフィスチェアに座った首相は、肝が据わったような、鋭い眼光で、蠣崎やSATたちを見渡して、告げた。


(時として、女は男より強い)

 蠣崎が内心、そう思っていたことが、目の前の千本木首相の姿から、改めて思うのだった。


 一般的には、男性には力では叶わないのが女性だが、その分、異常なくらい肝が据わっていて、むしろ男性の方が、オドオド、ビクビクしているというケースが、戦国時代をはじめ、世界各地に話としてあるくらいだ。


 彼女は、パソコンにHDMIケーブルを繋ぎ、スクリーンに投影して見せた。


 そこには、当日、つまり明日の警備体制図が、おおまかに描かれていた。


 終戦100年式典が行われるのは、リハーサルが行われた、千鳥ヶ淵戦没者墓苑ではなく、皇居前広場に決まっていた。


 つまり、100年前の8月15日。写真などで有名な「二重橋」が見える場所だ。


 皇居外苑にある、広大な広場。だが、裏を返せばそれは、「どこからでも狙える」ということにもなる。

 つまり、遮蔽物がない。


 首相の話を聞くかぎり、彼女は皇居正門石橋(眼鏡橋)と、坂下門に挟まれた、皇居前広場の中央付近で演説を行うという。


 一応、一段高い台座の上に立つというが、ほぼ360度丸見えで、どこからでも「狙われる」位置になる。


 当然、反対意見が出た。

「これでは、首相が狙われた時、お命を守りきれません」

「せめて、背後を壁にして、180度の警備が出来るように配置して下さい」


 当然だった。


 彼女の提案を見ると、中央に首相を配し、周囲にSATや銃器対策部隊と、カムイガーディアンズを配し、さらに外縁に一般の警察官を配するようだったが、明らかに「数が足りない」。


 その上、360度も視界が開けていると、相手が彼女の命を狙おうとすれば、どこからでも狙えることになる。


 それこそ、群衆に紛れて、近づいて、銃撃することだってできる。

 この辺の「危機感の無さ」は、やはり日本はアメリカなどとは大違いだ、と思わざるを得なかった。


 だが、これに待ったをかけた人物がいた。

「お言葉ですが」

 小山田だった。


「何でしょうか、小山田さん」

 千本木首相の問いかけに、彼女は応じた。


「周囲360度、何もない状態であれば、むしろ好都合です。一番近い建造物でも約300m先に、小さな公衆トイレがある程度です。これならば、怪しい人物がいてもすぐに発見できます」

 それが彼女の主張だったが。


「バカな。群衆に紛れて、首相に接近することだって出来るんだぞ」

「そうだ。どこから撃たれるかわかったもんじゃない」

「とても全方位を防御はできん」

 SAT隊員や銃器対策部隊隊員たちが口々に不満を述べる中、彼女はセルゲイを指差して言った。いや、正確には、我々の隊員たち全員を指差していた。


「私たちには、狙撃のプロがいます」

 それがセルゲイのことを指すのは言うまでもない。


「それに、刃物のプロ、接近戦のプロ、山岳戦のプロ、サイバー戦や爆弾のプロまでいます。いざとなれば私たちが防ぎます」

 JK、シャンユエ、バンダリ、そしてエスコバー。


 それぞれ、並み大抵の戦力ではないし、この平和な日本に、本来「あってはならない戦力」を有している。


 首相は、満足そうに微笑んでいた。

 結果的には、これが決め手となり、警備体制は決まった。


 主体は、SATだが、カムイガーディアンズは、蠣崎を除く6人を周囲に配して、出来るだけ死角を作らせない、つまり隙を見せない警備体制を敷くことになった。


 後は、相手の出方次第だった。

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