Section8. 100年目の恨み

Chapter38. TLDの行方

 株式会社ザ・ロンゲスト・デイ。さすがに長すぎて呼びにくいが、JKのように「ロンゲ」と略するのも気が引けた蠣崎は。


「これよりザ・ロンゲスト・デイをTLDと呼称する。その動向を探り、わかったことがあったら逐一報告しろ」

 と部下に振っていたが、


「東京ディズニーリゾートですかぁ?」

 相変わらずJKこと金城は、やる気がないというか、不遜な態度だった。


「それはTDRよ、金城さん」

「あ、そっかあ」

 小山田に訂正され、ようやく照れ笑いを浮かべていたが、今はそれどころではなかった。


 何しろ、首相の千本木真琴は、先日の演説で命を狙われたにも関わらず、8月15日の終戦100年式典だけは、何としても、それこそ自身の「政治家生命」を賭けてやることを宣言していたからだ。


 蠣崎の見るところ、意志の強い女のようだから、何があっても強行するだろう。


 当然、首相からは8月15日の警備を依頼されていた。改めて、高額な契約金と共に首相を守ることを請け負った蠣崎は、爆破された事務所を更地に戻すことを業者に依頼し、その上で、前金でもらった金額で、質素ながらも事務所の建て直しを依頼。


 その事務所が出来るまでは、変わらず山際組の事務所を本部にしていた。


 7月。その喫緊の課題とも言える、終戦100年式典を1か月後に控えたある日。

 事務所に見知った顔が現れた。

 とは言っても、事務所は山際組の中にあるので、全然想定外の人物ではなかったが。


「久しぶりやな、蠣崎はん」

 山際組の若頭補佐を務め、かつて法外な値段で、海珠組と戦う仕事を請け負った、丸山龍生だった。


「丸山さん」

 相変わらずオールバックの髪に黒いフレームの眼鏡をかけ、服の上からでもわかる筋肉質の男だったが、違うところがあるとすれば、スーツが上質な物に変わっていたのと、顎鬚を生やしていることくらいだった。


「若頭補佐の仕事はいいんですか?」

「ああ。ついこの間、若頭になってん」


「おめでとうございます」

「ああ、おおきに」

 何とも掴みどころがないところは変わらなかったが、彼の口からは意外な提案が漏れていた。


「ザ・ロンゲスト・デイやったか。そこの女子高生から聞いたわ」

 JKを指差していたが、彼女は得意気なドヤ顔をしていた。


「はい」

「なんや難儀しそうな相手やな。何なら、俺らが手伝ったろか」

 まるで親戚か友人を手伝うかのような気楽さで彼は言ってきたが、それを見て、拒絶反応に近いくらい、難しい顔をして、蠣崎に向かって胸の前でバツ印を作っていた小山田はわかりやすかった。警察の端くれとして、ヤクザに頼りたくないのだろう。


「いえ、せっかくですが、これは我らのプライドに関わる仕事です」

 と一応、断ってはいたが、蠣崎にしても小山田の意見とはあまり変わらない思想を持っていた。

 仮にも政府関係の仕事を、ヤクザに首相警備の仕事を手伝ってもらったとなれば、それこそカムイガーディアンズの沽券に関わるからだ。


「ほうか。まあ、俺らの仲や。なんかあったら手伝うさかい」

 と眼鏡の奥から怪しげな瞳を輝かせていた丸山を見た、蠣崎は、思いついていた。


「それでは、丸山さん」

「なんや?」


「ちょっとだけ、極秘裏に調べてくれますか?」

「ええで」


 そこで、蠣崎が提案したのが、TDL、ザ・ロンゲスト・デイのことだった。警察組織もまた彼らの動向を探っていたが、それとは別に、ヤクザ関係者の「目」というのも使ってみようと思ったからだ。

 この際、使える物は何でも使いたかったのが、彼の本音だった。表立った警備に彼らは使いたくなかったが、事情を探る裏仕事なら任せてもいいだろう、と。


「わかった。ほんなら、1週間だけ待ってもらえるか?」

「わかりました。報酬はお支払いしますので」

 そう告げたら、彼は顔の前で大袈裟に手を振るジェスチャーをしてみせた。


「ああ、構へん、構へん。ウチらの仲やないか」

「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」


「おお。ほんならなー」

 妙な人に、懐かれてしまったような気がして、蠣崎は苦笑していた。


 相変わらず、それを見ても小山田は難しい顔をして、眉間に皺を寄せ、丸山が帰った途端に、

「社長! ヤクザに手伝いをお願いするんですか?」

 と吠えていたが、


「相変わらず頭、固いなあ、警察は。ちょっと手伝ってもらうだけじゃない」

 蠣崎が言う前に、シャンユエに突っ込まれていた。


「でも……」

「ま、そういうことだ、小山田。別に表立って警備を依頼するわけじゃない。それより」

 蠣崎としては、戦力に「穴」が開いたことを危惧していた。もちろん、セルゲイのことだ。彼は未だに警察の「保護観察下」のような立場にあった。

 このままだと、戦力が低下するし、あのスナイピング能力は、式典当日の警備の際の狙撃に欠かせない。


 そこで、彼は元・警察官僚とも言える小山田に尋ねていた。

「司法取引が出来ないか」

 と。


 つまり、何らかの司法取引をして、セルゲイを一時的でもいいので、解放して、せめて警備の時だけ使いたいと。


 だが、彼女は顎に手を当てて、眉間に皺を寄せていた。


「難しいかもしれませんね」

「どういうことだ?」


 小山田によれば、日本版の司法取引とは、検察官と被疑者・被告人およびその弁護人が協議し、被疑者・被告人が「他人」の刑事事件の捜査・公判に協力するのと引換えに、自分の事件を不起訴または軽い求刑にしてもらうことなどを合意するという制度のことであり、刑事訴訟法350条の2~350条の15に記されているという。


 だが、この事件の場合の被疑者・被告人がセルゲイに当たる。

 一応、彼には弁護人はついているが、難しいとのことだった。


「俺は、その辺の詳しいことは知らん。上手くやってくれ」

 蠣崎が投げやりに言うと、彼女が鋭い視線を送ってきた。


「簡単に言わないで下さい。社長は気楽でいいですね」

 と嫌味まで言われていた。


「悪かったよ。じゃあ、出来るだけ上手くやってくれ。成功したら、お前の給料を少し上げてやるから」

 そう言い直したら、真面目な彼女は、


「わかりました」

 途端に真剣な表情になっていた。

 金が絡むと、人間変わるものだ。


 蠣崎としては、小山田を上手く使ってでも、セルゲイを戻したかったのだ。

 事態は100年式典に向けて進んでいく。

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