Chapter37. 天崎という男

 夕方。ようやく首相官邸を辞去した彼ら。


 蠣崎が、小山田から話を聞くために、指定した場所は何とも意外なところだったから、彼ら全員が驚いていた。


 新宿駅近くにある、地下の一室にあるライブハウス。


 全く「軍事」とは無関係なそのライブハウスでは、ジャズセッションが開催されていた。


 あらかじめそのことを調べて知っていた蠣崎は、飛び込みでそこに行き、各自ビールやアルコールを飲みながら、同時につまみを食べながら、音楽を聴くという状況で始めたのだ。


「ちょっと待って下さい、社長。何でライブハウスなんですか?」

「そうですよ。うるさくて聞こえないんじゃないですか?」

 小山田とシャンユエの当然の質問にも、蠣崎はもちろん持論を展開していた。


「木を隠すには森の中、という奴だ。静かすぎる場所で、秘密の会話はしたくない。それにロックやヘビメタと違い、ジャズはそれほどうるさくないし、かと言って静かすぎない。ちょうどいいのさ」


「なるほど。頭いいですね、社長さん」

 JKには褒められていたが、蠣崎は、


「お前は未成年だから、酒はダメだぞ」

 としっかり釘を刺しており、彼女だけはソフトドリンクを飲んでいた。


 そんな中、核心を突く質問が蠣崎の口から出てくる。

「聞きたいことはいっぱいあるが。まず、天崎がザ・ロンゲスト・デイの社長ってのは、お前の組織が調べたのか?」

「はい。警察は腐っても警察です。自衛隊を辞めた後の奴の動向に注視してました」


「何故だ?」

「……それは守秘義務があるので言えませんが」


「また、守秘義務か。お前、都合が悪くなるといつもそれだな」

「ですよねー。だから、警察なんて嫌いなんです」

 すでに酔って顔を赤らめているシャンユエが、蠣崎に倒れ込んでくるような勢いで酒臭い息を吐いていた。


「シャンユエ。お前、もう出来上がってるのか」

「久しぶりに白酒バイジュウ飲んだら、酔いが回ってきて~」


「寝てろ、酔っ払い」

「ひっどーい、社長」


 シャンユエのことは放っておいて、反対に全然酒が進んでいない小山田に蠣崎は疑問をぶつけ続ける。


「まあ、いい。どういう経緯があったか知らんが、とにかく天崎がザ・ロンゲスト・デイの社長になった。そこはいいが、それで何で奴らが犯人候補なんだ?」

「ザ・ロンゲスト・デイは、表向きには輸入雑貨を扱う業者。でも裏では東欧から多数の武器を密輸してると言われています」


「それは知ってる。美希も同じことを言っていた。何なら美希に聞いてみろ。奴なら証拠を持ってるかもしれん」

 蠣崎はそのことを、元・恋人の北大路美希から聞いて、もちろんすでに知っていた。

 そのことに逆に小山田は驚いていたが、彼女は、その「証拠」の裏付けを取ることについては何も答えず、しかし冷静になって続けた。


「現状、この日本で、多数の武器を持っていて、しかも警察が使うアンドロイドをハッキング出来る技術がある組織。消去法で行くと、ハッカーのエスコバーがいるカムイガーディアンズ以外だとザ・ロンゲスト・デイしかないんです」

「つまり、証拠はないが、奴らが一番怪しいとうことか?」


「はい」

「なるほど。まあ、わかったが、根拠が薄いな。それだけで、いきなり首相の命を狙うという理由にはならん」


「返す言葉もありません。まだ確信を持てる段階ではないのです。ただ、8月15日の式典までには証拠を掴みたいと思ってます」


「意気込みは買うが、式典までは時間がない。警察の力を過小評価するわけじゃないが、間に合わないと思うがな。それより、当日の警備をさらに強化した方がいい」

「わかってます。SATサットも呼んで、強力な防備を構築することを、上層部に提案します」

 SAT。Special Assault Teamの略で、日本の警察の警備部に編成されている特殊部隊だ。隊員は約300名。


 対テロ作戦を担当し、ハイジャックや重要施設占拠等のテロ事件、組織的な犯行や強力な武器が使用されるような事件において、素早く鎮圧・被疑者の検挙に使われる。

 まさに警察のエリート部隊であり、武器も多数の装備を持っている。武力が少ない日本においては、優秀な連中だ。


 それを使うということは、それだけ警察は、ザ・ロンゲスト・デイをマークしているということだろう。


 頼もしいと思う反面、蠣崎にはどうも気になる点があった。

「天崎のことは俺も知ってるが、奴はそんな過激な思想を持ってはいなかったし、ただのゲームマニアみたいな奴だったぞ」

 そう。蠣崎にとっては同じ部隊にいた男が天崎で、しかもどちらかと言えば、「ひ弱」で、隊内でいじめられていたのを見たこともあった。

 武力よりも「知力」重視の頭脳派、と言えば聞こえがいいが、「もやしっ子」に見えるほど自衛隊には向いていない男と記憶に残っていた。


「人は見かけに寄らないんですよ、社長」

 どうも意味深な言葉だと思って、さらに探ろうとすると、


「でも、あの織田サンという人。動きがプロだった、です」

 バンダリが珍しく、たどたどしい日本語で口を挟んできた。


「そうね。私もそう思うわ。まるで撃たれる方向がわかってるみたいに、首相をかばってた。あの動きは普通できないよ」

 JKも同じ意見だった。


 そして、もちろん蠣崎もまた同じようなことを感じていた。

「それについては、見当がついています」

「何?」


「織田秘書官は、以前からアンドロイドの実用性に疑問を抱いていたようで、事あるごとに警察に対し、アンドロイドを警備に使うな、と意見を言ってました。ですから、今回の件も、あらかじめアンドロイドが暴走することを読んでいたのかもしれません」

 初めて聞いたことだった。

 もちろん、蠣崎は織田秘書官とそれほど親しくはないし、会ってから間もないから仕方がないが、小山田はすでにそのことを知っていたのだ。


 だが、蠣崎は改めて彼女の横顔を視線に捕らえ、鬱憤を晴らすかのように言葉を発するのだった。


「お前さあ」

「はい」


「そういうことはもっと早く言え」

「申し訳ありません」


「それも、守秘義務か?」

「いえ。単に私が必要ないと思ったからです」

 それを聞いて、蠣崎は溜め息を突いていた。


 彼女、小山田紗希子は、確かに優秀かもしれない。警察官としては。だが、どうも人としては「融通が利かない」ようにすら見えてくるのだった。

 一見、優秀に見える部下が、実は欠陥を持っていることは、組織ではよくある。

 どうにも小山田が扱いにくい人種のように、蠣崎の目には見えてくるのだった。


「でも、あれじゃない? これでいよいよそのロンゲと全面戦争になるんじゃない?  たっのしみー!」

「勝手に略すな! なんだ、その長髪みたいな名前は。お前は戦いを楽しんでるだけだろ、金城」

 すかさずJKに突っ込みを入れていた蠣崎だが、彼女もまた蠣崎にとってはやりにくい相手であった。


「金城なんて、相変わらず照れ屋なんだね、社長さん。2人っきりの時は、JK、可愛いよ、って言ってくれるのに」

「言ってねえよ! 何だよ、その変態のおっさんみたいなセリフは!」

「あははははっ!」

 無理矢理にでも笑わそうとするJKに、周囲の雰囲気だけは明るくなっていたが、彼らの前途はまだまだ不安に満ちており、その先に苦難の道のりが待っているのだった。

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