Chapter36. 記者会見室

 再び首相官邸に向かって、タクシーを走らせるが、その千鳥ヶ淵戦没者墓苑から首相官邸までは、車で物の10分ほどで着く。


 あっという間だった。

 そして、多数の警察官が守る中、彼らは首相官邸に入る。


 さすがに、現役の首相が白昼堂々と襲われたということで、首相官邸には緊迫感が走り、走り回る職員や、メディア関係者などでごった返していた。


 この状況では、さすがに首相の千本木真琴に会うことも叶わないと思いつつも、一応、他の秘書官に話をすると、


「かしこまりました。この後、首相から全国民に向けて、発表がありますので、その後でよろしければ10分だけ時間を作りましょう」

 と取り成しを了承してくれるのだった。


 そして、その首相の発表を、彼らはメディアが集まる、とある部屋で見ることになる。


 首相官邸の一室。1階にある「記者会見室」。政府の方針や政策を国民に理解してもらうために、新聞やメディアなどを通じて迅速に伝えるために設けられた一室で、ここでよく首相や官房長官が発表を行うことで知られている。


 多数のメディアの中に、蠣崎たちも混じっていた。


 壇上に、彼女が現れた。千本木真琴首相だ。

 しかも自らの命を狙われた女性にしては、驚くほど冷静に、そして怯えた様子も見せていなかった。

 彼女は、壇上からマイクを手に、強気な発言を発するのだった。


「私は、卑怯なテロ行為に屈するつもりは毛頭ありません。8月15日の、終戦100年式典は予定通り執り行います。それこそが、この国を、この大切な時期に担う首相の役割だと思っています」

 女性ということで、何かと「弱腰」、「か弱さ」を取り上げられていた彼女は、それを打ち砕くように、あくまでも強気な姿勢を崩そうとしなかった。


 それは蠣崎には、痛々しいほどの「勇気」に見えた。


 メディアからは、盛んに質問が飛んでくる。


「犯人に心当たりは?」

「100年式典には、外国の要人も呼ばれるそうですが、彼らに何かあったらどうしますか?」

「織田秘書官は無事なのですか?」


 メディアとは非常に身勝手なものだ。

 新聞、ニュース、ネット。いずれも「盛り上がればいい」という雰囲気すらあるからだ。


 だが、千本木首相は、至って真面目に、そして丁寧に答えを一つずつ返して行った。


「犯人に心当たりはありません」

「外国の要人には、こちらで万全な護衛をつけます」

「織田秘書官は無事です。命に別状はありません」


 などなど。


 蠣崎は、「この女は大したものだ」と思う反面、夫と別れたシングルマザーでもある彼女の重責のことを、少しだけ気がかりというより、不憫に思うのだった。


 そして、これらのメディアからのうるさいほどの「口撃」をかわした首相が、ようやく記者会見を終えて、部屋を出てから5分後。


 彼らは、首相によって、4階の会議室に呼ばれた。

 最初に会見した時と同じ部屋だった。


 別の秘書官によって案内されたが、さすがに強気な「鉄の女」のような彼女の顔にも、疲労感が漂っていて、頭を抱えて、うなだれていた。


「大丈夫ですか、千本木首相」

 さすがに蠣崎は心配そうに顔を覗き込むが、彼女は無理矢理にでも笑顔を作っていた。


「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」

「あまりご無理をなさらないで下さい」


「ありがとう。でも、私はこの国の首相ですからね。身代わりになった織田秘書官には感謝してもしきれませんが」

「織田秘書官は大丈夫なんですか?」


「ええ。胸に一発銃弾を浴びましたが、急所は逸れており、一命は取り留めました。もっとも、まだ油断のならない状態ですが」

「そうですか……」

 さすがに事態の重さが、体に伸し掛かってくるような状態に、空気が重くなる。


 そんな中、意外にも前に進み出たのが、小山田だった。

「千本木首相」

「何でしょうか?」


「私は、元・警察庁の刑事局組織犯罪対策第一課の小山田という者ですが」

 と断ってから、驚愕の表情を浮かべる首相に彼女は、自信満々に言い放っていた。


「犯人に心当たりがあります」

 と。


「えっ」

「小山田。何を言い出すんだ?」

 さすがに首相は目を見張り、蠣崎もまたたしなめるように口を出したが、彼女は手でそれらを制して、続けた。


「ザ・ロンゲスト・デイの代表取締役社長、天崎流馬。我々の組織は、ずっとこの男の動向を探っていました。まだ確たる証拠は掴めていませんが、近いうちに必ずこの男の背後関係と、今回の事件の真相を暴きます」

 それは、かつて蠣崎が見たこともないような「探偵」のような、いや「刑事」のような、力強い小山田の「職人」の顔だった。


「頼もしいですね。小山田さん。よろしくお願いします」

「かしこまりました」

 結局、短い会見はすぐに終わり、彼女の私室を離れることになったが。


 もちろん、蠣崎としては、小山田の言動が気になっていた。

 何を考えていて、何を探っているのか。どこまで知っているのか。


 蠣崎は、社員と共に、小山田の腹の内を探るべく、彼女を含めて全員を、とある場所へと導いた。


 それは、意外な場所でもあった。

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