Chapter34. 放たれた「火」
1週間後。
未だにセルゲイが警察の取り調べを受けており、不在の中、千本木首相による「演説」が大々的に行われることになった。
場所は、皇居にほど近い、千鳥ヶ淵戦没者墓苑。
そこは、先の戦争、つまり太平洋戦争で亡くなった、30万人を超える身元不明の兵士と市民のために設けられた墓地と言われている。
ある意味での、「靖国神社」に近い物があるが、靖国神社よりは「批判に晒されない」部分があるのも確かで、それゆえにあえて首相はここを選んだのかもしれない。
当日は、複数のメディアが一斉にテレビ報道し、その様子は海外にも中継されることとなった。
実際、そこの警備の一端を担うことになった、カムイガーディアンズの蠣崎たちが目にしたのは、驚くべき光景だった。
首相官邸で、彼らカムイガーディアンズが、首相に見せてもらった厳戒な「警備図」は、100年式典当日を現したもので、このリハーサルでは、少し違い、さすがに自衛隊を警備に使うことはしなかったようだった。
しかし、そこには物々しく、機動隊が使うような盾を持った警官がいくらかいた。
だが、奇妙なのは、それ以上に、そこには多数の「アンドロイド」がいたことだ。
急激な少子高齢化で人手不足の日本社会は、近年、この「アンドロイド」を職場に投入。
特に、公務員に至っては、役人不足から、それらを「補助」する名目で、優秀で疲れ知らずのアンドロイドを多数投入していた。
そして、それは警察でも例外ではなかった。
だが、蠣崎自身はその「システム」に頼る流れに、一種の危機感を常々感じていた。
その理由は、簡単だ。
(アンドロイドは、確かにAIを搭載していて、過去の膨大なデータを基に、行動規範を決定すると言われている。だが、一旦、その脳がハッキングされたらどうなる?)
という懸念があり、それはネット上でもしょっちゅう取沙汰されていた話題でもあった。
人間は完璧ではないし、その完璧ではない人間が作ったAIに欠陥があった場合、その欠陥、あるいは弱点から、敵のハッカーが侵入を試みて、システムを完全に「乗っ取った」らどうなるか。
現在のハッカー技術では、AIの頭脳を乗っ取り、乗っ取った人間に有利になるようにプログラムを書き換えることが出来る。犯人が意図的に乗っ取って、首相を攻撃するよう命じても不思議はない。
アンドロイドは、見た目は完全に人型で、同時に相手に「威圧感」を与えない配慮のためか、若い女性警官の格好をしていたから非常にわかりやすい存在でもあった。
そのアンドロイドが多数投入され、それぞれ腰にピストルを差して、任務に当たっていた。
それ以外に複数の警察官がいたが、人間よりむしろアンドロイドが圧倒的に多いくらいの割合なのが、逆に蠣崎には不気味に感じるのだった。
そして、警備が始まる。
蠣崎は、部下を四隅に配した。
つまり、首相の千本木真琴が演説を行うのは、ちょうど公園中央部にある、休憩所のような東屋付近。
周囲は、木々に囲まれた森になっており、ところどころに東屋や六角堂が配されている。
首相は、さすがに海外を見てきたためか、用心深く、柱を背にして、一段高い台座の上から演説を行うことになり、すぐ近くには人間の警察官や秘書官が配されていた。
アンドロイドは、それより外側に配され、外からの侵入を防ぐ役割を担うと推察され、それが輪のように外郭に配置されている。
その中、つまりアンドロイドと首相の間には、多数の民衆とメディアの姿がある。
蠣崎は、これらのうち、小山田を北東側、エスコバーを北西側、JKを南西側、バンダリを南東側の隅、アンドロイドよりさらに外側に配置。これは首相の位置関係から考えて、それぞれの方角が通路になるからだ。
シャンユエは、首相の一番近く、警察官の傍に配した。これは、蠣崎が彼女を信頼している証でもあった。
そして、蠣崎自身は、トランシーバーを持って、それぞれと通信が出来るように、演説箇所から真正面の一番奥、さざれ石付近に落ち着いた。
演説が始まる。
「あの凄惨な戦争から早くも100年が経とうとしています。日本は、その間、平和を享受し、経済発展を遂げ、戦後からは立ち直りました」
そこから始まる彼女の演説は続くが、不穏な者や、動きはなかった。
「しかし、その反面、この国は『戦えない国』になったのです」
そして、そんな彼女は、興味深い例えを示して、演説を続けるのだった。
「かつて、古代ローマ帝国全盛期。北アフリカにカルタゴという経済大国がありました。このカルタゴは第二次ポエニ戦争に負けて、ローマによって武装解除させられますが、戦後、経済的に発展します。ところが、これを脅威に感じたローマによって滅ぼされたのです」
それは世界史、中でも古代の話だった。
蠣崎にとっては、あまり興味がない時代ではあったが、彼女の独特の口調とセリフ、そして簡易的にまとめる話し方は、とても聞きやすく、興味を惹かれてしまうのだった。
「カルタゴの名将、ハンニバルはローマの考えを知り、祖国を救うために、市民に警告を発しますが、完全に平和ボケしたカルタゴ市民は、耳を貸さず、ハンニバルはローマに捕らえられて自害に追い込まれてしまいます」
周囲を睥睨しながらも、蠣崎はトランシーバーに声を通す。
「各自、異常はないか。あればすぐに報告しろ」
だが、いずれの社員からも、
「異常ありません」
の報告だけだった。
もちろん、何も起こらないに越したことはない。
だが、蠣崎は、得体の知れない「違和感」、いや「危惧」を感じていた。
「やがて、ローマから無理難題を突き付けられたカルタゴ市民は、ようやくハンニバルが正しかったと悟りますが、もはや後の祭りでした。カルタゴは慌てて戦争の準備をしますが、わずか3年でローマに敗れて滅亡しました。そして、カルタゴ市民5万人すべてがローマの奴隷にされた、と伝わっています」
首相の弁舌は淀みなく続き、「何かが」起こる気配すらなかった。
「翻って、現代日本はどうでしょう。自衛隊は相手から攻撃を受けないと戦えない。国防を議論すれば、『右翼』とみなされ、攻撃される。アメリカがすべて守ってくれる。そう考えている人は、この国にたくさんいます」
「しかし、歴史は証明しています。『他国に国防を委ねた国はすべて滅亡している』と。アメリカに頼り、いざとなったらアメリカが守ってくれる。本当にそれでいいと思いますか。自分の国は自分で守る。その気概がなければ、その国はいずれ滅びます。私はこの100年式典を、何としても開催し、成功に導き、この国の考え方を変えたいのです」
その時だった。
―ダーン!―
一発の銃声が響いていた。
だが、首相は無事だった。
代わりに、あの首相秘書官の織田の胸が血に染まっていた。
彼は、首相の前に立ちふさがって銃弾から首相を守ったのだ。その「勘」を超越したような動きは凄まじいが、それより銃声の正体だ。
「キャー!」
「うわー!」
市民とメディアの多くが、パニックに陥り、我先に逃げ出す中、蠣崎は冷静にトランシーバーに向けて叫ぶ。
「何があった!」
「アンドロイドです」
一番最初に返答があったのは、立場的に一番よく見える位置にいた、シャンユエだった。
「アンドロイドだと?」
「はい。アンドロイドの女性警察官の一人が突如、発砲。待って下さい。他もです!」
そう切羽詰まった声を上げた後、シャンユエの通信は切れた。
蠣崎は、ただちに走って、現場に向かいながら、トランシーバーに叫ぶ。
「小山田! 首相を守れ! エスコバーは市民の誘導! バンダリはシャンユエの加勢! JKは状況を見て敵を倒せ!」
「ラジャー!」
「はい!」
一斉に隊が動き出す。
そして、蠣崎がたどり着いた場所で、見た光景は壮絶だった。
本来、「守る」べき立場のはずの女性警察官の格好をした、多数のアンドロイドたちが銃を取り、発砲しており、それに対し、現役の警察官やカムイガーディアンズの社員たちが対応。
首相は、すでにシャンユエに守られながら、秘書官と共に逃亡し、防弾ガラスつきの車に避難していた。
後は、この連中を潰すだけだったが。その掃討は部下に任せ、蠣崎自身は、首相の安全を確認すべく、公園入口まで走った。
公園入口は、都道401号に面しており、道沿いにすでに、首相の漆黒のリムジンが停まっていた。
ここで、またも予想を上回る事態が発生してしまう。
―キン!―
首相が乗り込んだと思われる、その黒いリムジンの窓に弾丸が刺さっていた。
文字通り、「刺さって」おり、銃弾が貫通することはなかったが、窓ガラスにヒビが入っていた。
それが続くと、恐らく窓ガラスは割れるだろう。
(マズい!)
蠣崎が咄嗟にリムジンに向かって走る。
だが、その前に、目の前でさらに予想していなかったことが展開されることになる。
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