Section7. 女性首相を守れ

Chapter32. 女性首相からの依頼

 セルゲイ、源田、そして美希の3人がいずれも警察に連行されてしまった以上。


 ひとまず残った戦力で任務をこなすしかなくなった、カムイガーディアンズ。

 6月に入り、意外ではあるが、最も「合法的」な組織から依頼がやって来た。


 まず、その人物が来るに当たって、カムイガーディアンズには事務所がない。爆発で吹き飛ばされ、仮設事務所を山際組の組事務所の端っこに築いていたが、粗末なものだった。


 そして、先方がメールで寄こした文面を見て、蠣崎は驚愕していた。


「内閣総理大臣秘書官 織田幸次郎」


 と書いてあったからだ。


「政府からの依頼ですかー。これは、お金もらえそうですね」

「マジ! すごいじゃん、社長!」

 シャンユエやJKは、これを好意的に捕らえ、喜色の色を見せていたが、小山田は反応が違っていた。


「ついに来ましたか……」

 まるで、政府からの依頼を「恐れて」いるかのような発言。もっとも、彼女自身が「そっち側」の人間だから、色々と感じるものがあるのだろう。


 ともかく、さすがにその政府の人間が、ヤクザの事務所に来るわけにはいかないため、カムイガーディアンズは「呼ばれた」。


 場所は、なんと首相官邸。

 もちろん、彼等は専用の公務を行う車で「迎えに」来るという話だったが、さすがにヤクザの組事務所に来るのは、マズいことになるため、「拾う」先を指定してきた。


 場所は、所沢駅。

 西武池袋線、西武新宿線があることで知られているが、山際組の事務所がこの近くにあることから、指定したのだろう。


 そこまでは、電車を使って、蠣崎は、部下の小山田、シャンユエ、バンダリ、エスコバーの4人を従え、現地に向かった。


 現地には、黒塗りのリムジンがすでに待機していた。

 何ともゴージャスな8人乗りの大型リムジンで、しかも窓は防弾ガラスつきだった。さすがに首相を乗せる車だけのことはある。


 そう思って近づくと。


 慇懃に頭を下げた男が、リムジンの前に立っていた。

 年の頃は40代くらい。背の高い、スラっとした長身で細身の男で、かっちりとした黒く、高そうなスーツ上下にネクタイをしていた。

 辺りは、すでに25度を越える暑さにも関わらず、完全な正装だった。


「お待ちしておりました、蠣崎様」

 そのまま促されるままにリムジンに乗り込んだ彼らだったが、内装は目を見張るものだった。


 6人は座れるだろうと思われる、ふかふかのソファーが片側にあり、もう片側には1人用の小さなソファーと大型テレビが備えつけられている。それ以外に、ネット接続ができるノートPCに、ウォーターサーバーや、ワイングラス、冷蔵庫までついている。


 ちょっとした生活ができる空間で、キャンピングカーみたいなものだ。


 そこで、彼ら5人をソファーに座らせた秘書官の織田という男が、向かい側の小さなソファーに腰かけて、小山田の方をちらっと見たのを蠣崎は見逃さなかった。


 恐らくは、互いに「知っている」関係なのかもしれない。


 だが、その素振りを見せずに男は、運転手に合図をすると、語り始めた。

 電気自動車特有の、静かな駆動音が響いて、車が動き出す中、明かされたのは意外な情報だった。


「今回は、ご足労いただきありがとうございます。私、内閣総理大臣の事務担当秘書官の織田幸次郎と申します」

「事務秘書官ですか?」


「ええ。首相秘書官というのは通常7名いまして。1名が政務担当秘書官、他の6名は事務担当秘書官と呼ばれています」

 織田の説明によると、あくまで俗称だが「政務」と「事務」に分かれている秘書官のうち、表立ってメディアなどに出るのは「政務」の方だという。


 一方、事務秘書官は、外務省、財務省、経済産業省、防衛省、警察庁の各省庁から1名ずつ出され、表向きには各省庁を退職し、新たに任用される形で就任するという。


 そして、この織田という男は、元・警察庁の役人だった。

「首相の元に、脅迫状が届きました」

 そう言って、織田が示したのは、ノートパソコンの画面だった。


 そこには、メールで以下のような文面が書かれてあった。


「終戦100年記念式典の開催を中止しろ。さもなくば、東京に『火』が降り注ぐだろう」


 と。


「火、ですか?」

 真っ先に、蠣崎はこの「比喩的な」文面の内容が気になっていた。


「ええ。具体的には、わかりませんが、恐らくテロ活動でもやるのでは、と思われます」

「首相は何と?」


「もうすぐ、演説があるので、何としても防ぐように、と厳命されました」

 蠣崎は思い出していた。


 現在の日本の首相は、千本木せんぼんぎ真琴まこと、52歳。

 戦後初、そして日本初の「女性首相」として、3年前に就任。しかも当時、49歳という若さで、それまで散々「老害」、「高齢者中心」と批判されてきた、この国の政治体制を一変させるような、「新しい時代の首相」と目されており、支持率も高い人だ。


 ところが、物事には必ず「負の側面」があり、「女に軍事が務まるか」、「弱腰外交」、「アメリカ追従」と、痛烈な批判もされてきていた。


 今のところ、彼女を首相から引きずり下ろす向きはないが、そんな彼女に脅迫状が届いたのは、2日前のことだったという。


 来週の日曜日に、千本木首相は、皇居の近くで、「太平洋戦争終戦100年記念式典」の演説を実施予定で、ここでこの式典の大まかな流れや、内容が一般に公開されるという。


「恐らく、その演説で、連中は何らかの動きをすると、首相は警戒しています」

 この辺りの、危機感については、彼女は非常に敏感だった。


 かつてこの国では、何度か首相が暗殺されたことがある。

 自分の影響力の大きさをわかっていたし、彼女は事前に策を取ろうと練っていたらしい。


「報酬は?」

 シャンユエが相変わらず、無遠慮に金の話を持ち出してくる。こういうのを、日本人はあまり表に出して聞こうとしないし、それが美徳と考えているが、彼女は中国人だから、全く遠慮がなかった。


 そこで、織田が提示した金額は驚くべき物だった。

「前金で1000万、成功報酬でさらに1000万」

 巨額の金額が、PCの画面に表示されていた。


「やりましょう、社長! 2000万あれば、本社ビルも再建できますよ」

 予想通り、それを見たシャンユエが、飛び上がらんばかりに喜んでおり、蠣崎は苦笑していた。


 だが、彼としても、「政府」という大口の顧客からの依頼を断る道理はないから、もちろん了承はしていた。


 ただし、セルゲイがいないことで戦力がダウンしていることも考えて、

「首相の口から直接、聞いてみたいのですが」

 と聞いてみると、織田はにこやかに微笑んだ。


「もちろん、そのつもりで現在、首相官邸に向かっております」

 そう。織田は、最初から首相官邸で、彼らと首相を会わせるつもりだったらしい。

 断ることを前提にせず、無理矢理にでも既成事実を作らせて、「巻き込もう」とするような、政府の戦術。


 蠣崎は、どこか「黒い」物と、「嫌な」予感を感じずにはいられなかった。


 そして、そこから先、彼らには「苦難」の道のりが始まる。

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