Chapter31. 思惑

 ことは想像以上に「面倒な」ことになっていた。


 蠣崎が権藤に訴え、ひとまず警察に確保され、護送さえる前のセルゲイのところに向かうことは出来た。


 だが、

「セルゲイ」

 声をかけると、厳重に手錠をかけられ、沈痛な面持ちの彼が、多数の警察官に取り囲まれて、警察が用意したと思われる、簡易的な折り畳み椅子に座っていた。


「社長」

 さすがに、彼も事の重大さに気づいてはいるようだが、それ以上に、彼の瞳は燃え盛る炎のように熱く滾っているように見えた。


 そして、その視線は、蠣崎というより、その右斜め前方にいる一人の男の顔に注がれていた。

「なるほど。奴が源田か」

 蠣崎は、すぐに気づいた。


 筋肉質な30代後半くらいの男性。髪は短く、二の腕が太い。どこか「カタギ」には見えない、迫力というか、貫録を感じる。


「そうです。ターニャを殺した、張本人」

「お前の気持ちもわかるが、一応、ここは法治国家だ。恨みがあるからと言って殺してはいけない」


「わかるものか!」

 蠣崎の言葉を遮って、大声を上げたのは、もちろんセルゲイ。

 だが、蠣崎は怯むどころか、視線を彼に向けたまま、気になっていたことを尋ねるのだった。


「で、誰だ? 誰がお前に源田のことを教えた?」

 それだけは謎で、是非とも彼の口から直に聞きたいと願っていた彼だったが、その前に、彼が予想だにしていなかった、聞き覚えのある声が、背後から響いてきた。


「私よ」

 振り返ると、信じられない者がそこに立っていた。


 白いワンピースドレスに、サングラス姿の小柄な女性。北大路美希だ。

「美希。何の真似だ、お前」

 さすがに、蠣崎は「怒気」を露わにして、彼女を睨みつけていた。


 社員たちは蠣崎に従って、この場にいたが、誰もが凍りついたようなその場の雰囲気に呑まれたように、黙していた。


 かつて、恋人同士だった二人は、視線だけで、互いに相手を「殺す」かのように、お互いに睨み合っていた。

 まるで「犬猿の仲」の夫婦喧嘩のようだ。


「あんたに言ってもわからないわ」

「何だと?」


「こいつは、『ビジネス』の話。目先しか見えてない、あんたになんかわかるはずがない」

「ちっ」

 舌打ちした後、二人の対峙は続く。蠣崎は咄嗟に頭を働かせながらも、必死に「裏」を探ろうとして、思索に入る。


 長考の後、彼がたどりついたのは、一つの「推論」だった。

「お前。誰かの『依頼』で海珠組、いや源田を追っていたな?」

 それが推論で、蠣崎は、美希が誰かの依頼によって、源田潰しを受け、自らの手を汚すことなく、セルゲイに情報を伝え、それを「利用した」と考えた。

 それくらいのこと、この女なら考えるだろう、という思惑もあったが。


 彼女は、それに対し、「肯定」も「否定」もしなかった。

「想像に任せるわ」

 とは言っていたが、事実として、源田は「重要参考人」として、警察に事情聴取を受けるようだったし、恐らくは彼女の思惑通りだろう。


 そこで、彼は「探り」を入れてみる。

「株式会社ザ・ロンゲスト・デイだったか。それが源田と繋がってるな」

 鎌をかけてみたが、彼女の表情が、わずかながら「揺らいだ」ように、一瞬だけ狼狽したように、彼の目には見えたから、確信を持つに至る。


「さあね」

 誤魔化しているようにも見えたが、元・恋人の蠣崎には、その彼女の「動揺」が見えた。


 詳しく聞こうとしたら、

「北大路さん。こちらへ」

 彼女もまた、警察に事情聴取を受けるようで、呼ばれていた。


 身を翻し、警察と共に去ろうとする彼女に、蠣崎は鋭い声を放った。

「美希」

 立ち止まって、一瞬だけ振り返る彼女に、氷のように冷たい声と表情を向けた。


「お前が何を目論んでるか知らんが、俺の会社の邪魔をするなら、お前でも容赦しねえ。潰すぞ」

 一瞬だが、彼の気迫に押され、ひるんだように見えた彼女が、


「ふん。偉そうに。せいぜいあがくことね。どうせこれからのこの国は、もっと大変なことになるわ」

 捨て台詞を残して警察に連行されるように去って行った。


「社長」

 さすがに不安そうな表情を浮かべて、彼の横に来た小山田に、蠣崎は少しだけ「気を許した」かのように、頼りないながらも、弱々しい笑顔を見せた。


「大丈夫だ」


「しかし、セルゲイがいなくなるとなると、かなりの戦力ダウンですね。私は狙撃には自信がありませんし」

 一方のシャンユエは別のことを考えているようで、バンダリは、


「僕も、狙撃は出来ますが、セルゲイほどの腕前では……」

 と言っており、JKに至っては、


「関係ないんじゃないすか? 別に銃がなくたって、私がいれば、敵の1個小隊くらい全滅させられますよ」

 相変わらず、本当か嘘かわからないような、得意げな表情のドヤ顔を浮かべていた。

 あながち、それが「嘘」と思えない辺りが恐ろしいが。


 とにかく、結局、この件は、「両者痛み分け」に近い形で、収束に向かい、事件の当事者となったセルゲイ、源田、そして美希のいずれもが警察署へと連れていかれるのだった。


 事態は一旦は、不本意な形ながらも「解決」するが、一応報酬を受け取った蠣崎は、釈然としなかったし、次の6月には、さらなる予想外の事態が起こるのだった。

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