Section5. 移民抗争

Chapter22. 新たな問題

 その事件は、唐突に起こった。


「移民抗争?」

「はい。中国人移民と、現地日本人とのトラブルです」


 4月に入って最初の週末の金曜日に、蠣崎の事務所を訪ねてきたのは、警察官だった。

 地位的には、恐らく巡査か巡査部長クラスの、それほど上の立場ではないと思われる若い男だった。


 警帽に警察官のジャケットを着た男を見て、「警察とは昔からソリが合わないんだよね」と言っていたシャンユエは、苦い表情を浮かべながら、部屋の隅から眺めていた。


 応対したのは、もちろん蠣崎と小山田紗希子だった。


 若い警察官は、もちろん小山田の素性は知らないだろう。

 彼の言葉によると。


 豊島区池袋の北口付近には、古くから中国人が移住していたが、労働力が足りなくなった2020年代以来、その数を急速に増やしてきたという。


 その中国人移民とのトラブルは、昔からあったが、最近はそれが「過激化」しているという。


 現地に住む日本人との間に、小さないざこざがあって、警察が介入することは昔からあったが、最近、それがエスカレートしてしまい、ついには傷害事件に発展。


 つまり、とある中国人が、日本人の青年を「殺した」というのだ。

 それをきっかけにして、温厚な日本人が怒り出し、木刀やチェーンソー、さらにはどこから持ち出したのか、銃で武装し、「犯人を出せ」と中国人に迫ったという。


 一触即発の騒動は、ニュースにもなったから、蠣崎は覚えていたが。


「その問題は、解決したんじゃないんですか?」

 蠣崎の知る限り、移民同士の抗争は、警察の機動隊が間に入り、全面的な抗争になる前に終わったはずだ。

 この辺り、海外ではすぐに殺傷事件に発展するが、日本はまだ平和と言えるのだが。


 ところが、警察官は渋い表情のまま続けた。

「一端は終わりましたが、今度は逆に中国人が納得がいかないらしく、日本人との間にわだかまりが出来たとかで、襲撃しようと計画しているらしいのです」


 蠣崎は、小さく溜め息を漏らした。


 つまり、

(結局、移民の抗争に巻き込まれるのか)

 という思いが、心の中に浮かんできた。


 簡単な話だが、警察官からは、

「全面抗争に発展しないように、警察官の味方をして、相手の中国人側を威嚇して欲しい」

 との要望があった。


 これに対し、きっとシャンユエは、同胞を守りたくなるだろうから、納得がいかないだろう。


 蠣崎としては、そう思い、シャンユエの方を牽制するように視線を送るも、彼女は無言のまま、しかし不思議と楽しそうな笑みを浮かべていた。


「わかりました」

 具体的な話を聞く段階になり、しかもその時になって、シャンユエは喜び勇んで、警察官の前に出てきた。


 一体、何を考えているのか、皆目見当がつかないシャンユエの心中はともかく。


 警察官によれば。


 2日後。

 中国人が武装して、大挙して日本人側を襲撃するという情報が現地スパイ ―警察側が密かに派遣し張り込んでいたらしい― からもたらされた。


 そのため、警察側としては威信をかけて、この抗争を未然に防ぎたい。


 カムイガーディアンズには、そのために、「警察の味方をして」一触即発の抗争を防いで欲しい。


 それが依頼だった。


 相手が国家権力である以上、報酬は一般企業よりも高いものだったし、蠣崎は何の違和感も躊躇もなく、これを受けることに決めていたが。


 シャンユエはきっと反対するだろう。


 そう思い、警察官が帰った後で、彼女に意見を聞くと。


「面白そうですね。やりますよ」

 と意外なほどあっさりと、この件に乗ることを快諾していた。


「お前さん。同胞と争うことになってもいいのか? というか、それ以前に警察が嫌いだと言っていなかったか?」

 蠣崎の言いたいことは当然、そこに帰結するものの、シャンユエは妙に明るい表情のまま、言葉を返してきた。


「別に構いませんよ。それに、私が仲介して、中国人たちを止めればいいだけですし、確かに警察の味方をするってのは、癪ですけどね」

「だったら、あなたは引っ込んでいればいいじゃない?」


「うるさい、クソビッチ」

相変わらず、売り言葉に買い言葉、というか、シャンユエと小山田は仲が悪かった。


「まあ、いい。だが、これだけは言っておくぞ、シャンユエ」

「はい?」


「同胞の味方をして、裏切ればお前のことを許せなくなる。クビにするぞ」

 脅し文句でそう告げたはずの蠣崎の心中を、嘲笑うかのように、シャンユエは、ケラケラと明るい表情と声で返してきた。


「そんなことするわけないじゃないですか? 私はもうとっくにこの会社の一員ですし、日本社会に溶け込んでます」

 それが本心なのか、それともこの場を取り繕っただけの「虚言」なのか。


 それはどの道、その時になってみればわかる。


 蠣崎は、静かに事件への介入の決意を固めるのだった。

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