Chapter20. 彼女の秘密
美希から伝えられた情報を元に、一旦、蠣崎は本社に戻ったが、すぐに関水には内緒で、2人を呼んだ。
その2人とは、コロンビア人のエスコバーと、中国人のシャンユエだった。
当然、彼らに依頼したいことは一つしかない。
「こっそり関水の正体を探れ」
だった。
「Yes. I got it!」
「私は通訳というわけね。面白そうですね。やります」
二人とも妙に乗り気になっていた。
もちろん、このことを関水本人に露見することだけは避けたい。
そのため、蠣崎は、本社ではなく、別の場所に彼ら二人を「派遣」して、そこで実態調査をしろ、と命じた。
派遣先は、蠣崎の旧知の知り合いでもある、元・自衛隊員が務めているIT企業だった。
美希の助けは借りたくない以上、多少強引にでも、「IT派遣員」として潜入させることにした。
もちろん、関水には「二人には、極秘の指令を与えた」という名目を伝えるもののん。
「そうですか……」
あからさまに疑っている様子だった。
さすがに、露骨すぎる気はしたが、まさか関水本人が自分のことを調べられているとは思わないはずだ。
派遣期間は、短期で2週間。
その間に、探って欲しいと命じ、二人を向かわせた。
一方で、その間に、本社の蠣崎は関水、セルゲイ、バンダリ、そしてJKと共に、いつも通りの生活を行う。
表向きは民間軍事会社として、それなりの依頼をこなすが、幸いなことにこの時期、大きな依頼はなかった。
ほとんどが、簡易な警備が多く、やっていることは、一般的な警備会社とさして変わらない。
そして、2週間はあっという間に過ぎた。
4月に入ってすぐ。
日本では、一般的に4月が1年のスタート時期になる。この時期に合わせたわけではなかったが。
蠣崎は、事前にシャンユエから、「関水の正体がわかりました」という連絡を受けており、二人をこっそり、本社からは離れている池袋の喫茶店に呼んだ。
もちろん、関水の尾行にも警戒しながら、ひとまず向かってみた。
二人はすでに来ていた。
一般的な、サラリーマンのような上下が紺色のスーツ姿のエスコバーと、こちらも黒色のスーツ、スカート姿に眼鏡をかけたOL風のシャンユエ。
早速、コーヒーを飲みながら話を聞くことにした。
「で、彼女の正体は?」
「はい。社長は予想していたかもしれませんが、内閣情報調査室のエージェントです」
「マジか。内調かよ」
蠣崎は、政府関係者とは予想していたが、まさかそれが内閣情報調査室とは思っていなかったから、その驚きは相当なものだった。
内閣情報調査室、通称「内調」。内閣官房に属する情報機関で、元々はアメリカの有名なCIA(アメリカ中央情報局)をモチーフにしており、「日本版CIA」とも呼ばれる。
最も、一般庶民には、実態が非常に掴みにくい組織であり、諜報機関であるため、その動向はよくわかっていないし、実際にはCIAほど大がかりな捜査はしていないとも言われている。
また、内調は、生え抜きの職員の他に、各省庁からの出向者が集まっており、警察庁の出向者が多いとも言われており、霞ヶ関では警察の出先機関と見られている。
「よくわかったな」
「まあ、エスコバーが優秀だったのと、私も手伝いましたしね。ただ、結構紙一重でしたよ、今回は」
シャンユエ曰く。エスコバーのハッカー能力 ―専門的にはクラッカーが正しい― はかなり高度なもので、内調のデータベースやサーバーにアクセスをして、足跡を残さずに、データを盗んだという。
「本名は、
「やはりか」
「やはり、とは?」
「ああ。最初から22歳には見えなかった」
そう告げると、シャンユエは何故か嬉しそうに目を細めた。
「ですよねー。私もそう思ってました。22歳にしてはオバサンくさいんです」
関水、いや小山田が聞いたら怒りそうだ、と思いながらも、蠣崎の脳裏に浮かんでいたのは、とある「男」のことだった。
それは、彼の肉親であり、父親でもある
そのことを二人に話すと、
「マジですか? お父様はそんなお偉方なんですね」
流暢な日本語が返ってきた。シャンユエの日本語能力はかなり高いが、それはともかく、蠣崎は彼らを待たせ、店の外に出て、すぐに携帯電話を手に取った。
「よう。遅かったな」
もちろん、相手は父、宣浩だ。その野太い声には聞き覚えがありすぎる。現在、彼の父は57歳。
「遅かったな、じゃねえよ。クソ親父。関水、いや小山田ってのは何者だ? あんたの差し金か」
「ははは。ようやく気付いたか」
「何を考えてる? 彼女はスパイか?」
「そんなことを聞かれて『はい、そうです』なんて答えると思うか?」
まあ、それはそうだろう。内閣情報調査室という隠密性の高い組織に属する人間なんてのは、いくらでも秘密を持っているはずだ、と蠣崎は最初から思ってはいたが、聞かずにはいられなかった。
「まあ、そう心配するな、息子よ。小山田くんは優秀だ。お前にとって、少なくとも、今は敵にはならないはずだ。それにいい女だろう? 何なら彼女にして、結婚してもいいぞ。彼女なら、我が家は大歓迎だ」
「ちっ」
つい、舌打ちをしていた蠣崎。「今は」ということは、裏を返せば、いつ敵になるかわからない存在ということだ。
(相変わらず、政府関係者らしからぬノリの軽さだ。それが逆に怪しい)
父の性格は、もちろん知り尽くしている。
いつも飄々としていて、掴みどころがない。
つまり、関水をわざわざ派遣した真意は別にある、と蠣崎は見ている。
腹の探り合いだ。
「俺の監視役だな?」
ひとまず、鎌をかけてみた。
「さあな」
さすがに父は簡単には乗ってこなかった。
「ガキじゃねえんだ。お目付け役ならいらん」
「まあ、そう言うな。これも『親心』と思ってくれ」
その一言で、蠣崎は、父が「お目付け役」として、彼女を派遣したと推測するが、どうもそれだけではない予感は感じていた。
「内調に監視されてちゃ、落ち着いて仕事できねえよ。俺の邪魔をするな」
そう溜め息混じりに呟くと、電話越しから父の大きな溜め息が聞こえてきた。
「まだまだ青いな、息子よ」
「何がだ?」
「人生とは、一人では何もできん。周りに助けてもらって、初めて一人前になれるんだ」
「それと、あの女が派遣されたことに何の関係がある?」
どうも、蠣崎にはやりにくい相手だった。何しろ相手は、息子のことを知り尽くしている。恐らく、息子が父を理解することより、父が息子を理解することの方が上回っている。
「今、お前と哲学を論じるつもりはない。まあ、しばらくは我慢しろ。じゃあな」
「ちょ、親父!」
気がついた時には、電話を切られていた。
(やりづれえ!)
父が相手。そして、恐らくは父が、あの小山田の上司に当たるのだろう。
美希は、彼女は警察関係者ではないと言っていたが、すると本物の官僚という可能性がある。
察するに、小山田紗希子という女は、日本初のPMSCである、このカムイガーディアンズが、「政府に仇なす」存在かどうかを監視し、報告するために派遣されたのだろう。
父が言うように、「今は」敵ではないとしても、いずれ政府に逆らうようなことがあれば、「敵」に回る。
思えば、妙に「正義感」が強いところが、彼女にはあった。
(直接、あの女に問いただすか)
気は進まないが、蠣崎は、本人に聞くことにした。
二人に礼を言って、共に本社に戻ってから、すぐに屋上に関水、いや小山田を呼び出した。
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